思うままに No.261

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 霊長類最強女子吉田沙保里さんを支えるお三方のお話を聴く機会を得た。お三方とは母親の幸代さん、寮母の前田寿美枝さん、至学館の加藤道子さん。つくづく思った。この方たちこそ世界最強のサポーターだと。

 

 沙保里さんの強さの秘密は本人の並外れた精進は言うまでもないことだが陰で支えるこのお三方、そしていまは亡き父親の栄勝さん、栄監督と奥様の怜那さんの執念と強力な支えがあったからこそと痛感する。

 

 ところで意外にも、沙保里さんの小さい頃の夢はスーパーで格好よく手早くレジ打ちをする仕事だったそうだ。全日本のレスリングの代表選手であった父栄勝さんの指導の下、練習する二人の兄たちの見よう見まねからレスリングへの歩みが始まる。父と言うより指導者として栄勝さんは男も女も分けへだてなく、容赦もせず沙保里さんに日々過酷な練習を課した。

 

 教育方針は「強い子は誰が教えても強くなる。指導者は弱い子を教えられてこそなんぼのものだ」、「なるようにしかならないものを何とかしよう」、「相手を恐れて攻めないことよりも攻めずして負けることは許さない」、「試合で勝っても、メダルを獲っても決して天狗になるな。もし自分がメダルを獲れなくて、相手にそんなふうに見せびらかされたらどう思うか」、「金メダルはスーパーでは売っていない。頑張った人しかもらえないんだ」とレスリングの道と技を骨の髄まで徹底的に叩き込まれた。

 

 持ち前の素直さと明るい性格に加え、鬼のような父とその陰で献身的に支える母、厳しさと優しさとに揉まれ錬磨されながら強い精神力が養われていく。

 

 また心が折れそうになったとき、負けたときの母の一言ひと言が沙保里さんには大きな励みとなる。「負けることから学び、負けることで強くなる。負けは試練ではなく神さまからのプレゼントなのよ」、「負けを知っていればこそ勝ちの喜びも大きくなるのよ」、「負けたときも勝ったときもその先が大事なのよ」と。その時々の母の叱咤激励が彼女にとってどんなに心強い救いと支えになったことだろうか。

 

 失礼を顧みず言うならば、お三方はどこにでもいる一見ごく普通の方に見えるが実のところは、各人が自分の果す役割を愚直なまでにやり続けるところが普通ならぬ非凡さを感じざるを得ない。

 

 試合中の応援スタンドの席で幸代さんはどんな声援を送っているのか、「集中力」「気を抜くな」の言葉だそうだ。何事もそうであるが、やる人、それを支える人の深い思いと強い連携があってこそ事は成し得る。

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思うままに No.260

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 何とも妙な気分だ。ため息まじりの安堵にほっと胸をなでおろす。期待するほどに心配のほうも募った。負けてよかったのだと。これでいいのだと。そう言うと藤井ファンには叱られるかもしれないが、かく言う小生も大ファンの一人だと自負している。

 

 前人未踏の新記録29連勝の大金字塔をうちたてた。これで十分過ぎる歴史的な快挙ではないか。これ以上何を望めというのか。記録は破られるためにある。そして記録は次なるヒーローの出現を待ち望む。彼はまだあどけない中学生に過ぎないが、このことは甲子園球児の投手がいきなりプロ野球に初登板をして勝ち続けたぐらいの偉業だと言われる。

 

 勝負の世界に勝ち負けはつきものだが<負けて覚える将棋かな>で負けをものにしてこそ強くなる。<勝つに不思議はあるが負けに不思議はなし>で敗因をよく研究していくことによって次に活かせることができる。その意味でこの痛恨の一敗は苦い良薬となり先の千勝に匹敵するもので何ら口惜しさもなくすんなり腹に落ちる。これからの長い長い将棋人生を考えるとこの一敗には大きな意味と価値が生れる。

 

 彼の盤に向うひたむきな姿勢を見るにつけ、これを絶好の機会にして飛躍のための踏み台にし、さらに不断の精進を重ねて逞しく強くなっていくに違いない。礼儀正しさ振る舞いや口ぶりと言い、申し分なく誰しも感服するところだ。先程引退されたレジェンド加藤一二三さんいわく、藤井さんは「秀才の天才」棋界の珠玉だと。棋界内にとどまらず国民が大きな拍手と声援を惜しまないところだ。

 

 将棋も武道と同様に道というものがある。人との対局から道を学びAIとの対局から技を磨き、心技体を兼ね備えた棋士として限りなく伸びていって欲しい。彼ならそれをやり遂げていく人だと期待し確信している。案の定現時点では一敗をはさんで連勝中だ。

この度のこと本来は逆だと思うが世の大人たちのほうこそ、このいち少年から多くを学び夢と希望と励ましをもらったことであろう。

 

 一方藤井四段の連勝にストップをかけた佐々木五段の勝負にかける気力、知力、胆力は目を見張るもので天晴れの一言に尽きる。彼もまた藤井四段と共に将来の棋界を背負っていく逸材であることに違いない。この二人の対局は後々まで語り継がれることであろう。力限りの真剣勝負のぶつかり合い、熾烈を極める生身の人と人との闘う様は何と厳しくも美しいことか。

 

 これを機にあまたの秀でた若手の棋士たちがしのぎをけずり合い棋界を引っぱっていくことであろう。お互いに切磋琢磨して道を極め人間力をより高めていくことに限りない期待を寄せるところだ。

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思うままに No.258

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 ある会合で御年90になられる方と運よく席を共にした。とても若々しくかくしゃくとして話しぶりといい仕草といいその年には見えない。その秘けつを尋ねてみたら「くよくよしない。元気にする。感謝の心をもつ」である。想定通り長寿の方々がよく口にする言葉が返ってきた。

 

 さらに続けて「不幸は財産になる」と、一瞬聞き違いかなとわが耳を疑ったがその意味を問い返した。

 

 「強がりで言うのではない。年寄りのたわ言と聞いてもらってもかまわない。不幸は誰にでも訪れるものだ。望まなくてもくる。できることなら避けたいところだ。辛いことだが嘆いても詮ないこと。そういうときにはいさぎよくさらっとそのまま受けとめることだ。長い人生にはどうあがいてもどうにもならないことがある。だからさらっとだ。

 

 他を恨んだり責めたりするのは愚の骨頂だ。そういうことを思っているからますます気分は泥沼の深場にはまるのだ。何が起きても最後にはなるようになるから大丈夫だ。それはそれで踏ん切りをつけて、その辛い経験を何かのときに活かすことに思いを巡らせよ。その教訓を生きる知恵にして後のために貯金をしておけ。この貯金が長い人生を生き抜くかけがえのない財産になる。」と。表情はおだやかだがきりっと眼光がひかる。

 

 幸も不幸も同根だ。いずれも心の内ではときに対立し、ときに融和し同居している。幸、不幸は表裏一体、定まらず幸が不幸に、不幸が幸に変転する。ただし知恵を活かし心の処し方次第で物事は好転する。日常体が不具合になったり大切な人や物、時や所を失くしたりで様々なことが起こる。それでも思いがけない不幸が心のもちようひとつで打って変わって人を輝かせることはよくあることだ。

 

 幸せは数量で計れるものではない。ましてや他人と競うことでもなく比べるものでもない。遠い所ではなく身近のちょっとした所に潜んでいる。幸せは仕合せとも表わす。お互いに心を合わせ自分のでき得ることを精一杯仕え合うことを意味する。仕合せは自分と相手、両者の心を尽す共同作業だ。そのもとは感謝の心だ。また感謝する心をもてばおのずと相手からも感謝されたい思いが芽生え行動へと駆り立てられる。

 

 ある結婚式での新婦のスピーチは今もなお耳に残る。「これから先、どんな不幸に見舞われても、二人で力を合わせていく覚悟です」と。普通のスピーチは「これから二人で幸せな家庭を築いていきます」であるが。

 

 寒さに震える人ほど太陽の暖かさを感じるものだ。人生の不幸をいくつもかいくぐってきた人ほどほんとうの優しさや強さ、そして感謝の念が深まっていく。

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