中京医薬品・会長のブログ

山田正行
※旧・社長のブログ
思うままに No.281

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 貴景勝関がついに大関の座を射止めた。いよいよ綱に一歩近づいた。あまたの大型力士がひしめく中で小兵力士の快挙には胸がすく。血の滲むような稽古で磨きつくり上げた突き押しの能力を最大の武器にする。そのなせる所以は小兵だからだ。明らかに体格で劣るハンディキャップを見事に強みにかえそれをバネにして闘うところが相撲ファンを魅了してやまない。突き押しにこだわるのは自分の身体の特徴を最大限に活かすために考えに考え抜いたところの戦略だ。

 

 どこの世界も上へと登りつめていく人に共通して言えるのは並々ならぬ覚悟とたゆまない工夫と努力、そして感謝の念が深い。弱冠22歳というのに武道の精神を重んじるとの口上にはもはや求道者の風格さえ漂う。他の力士も是非見習って欲しいものだ。小学三年生から相撲を始めるが驚くことにその頃の作文に横綱になるという決意のほどが書かれていると聞く。これからの角界を背負い高みへと引っぱっていくものと大いに期待したい。

 

 さて能力は持っているだけでは全く価値はない。宝のもち腐れだ。能力は発揮してこそ価値がある。能力もいろいろだが、そのうちで最高の能力は何か、やはり努力に勝る能力はない。この偉大な力はありとあらゆるところで発揮され通用していく。努力とは頑張る自分を信じて、自分を裏切らない、自分を見捨てない。自分を諦めないことを意味する。自分で決めたことは何があろうがやり続ける。やり抜く覚悟をもってこそでき得るものだ。

 

 どうしてあの人はあんなにうまくできるのだろうか、運がいいから、恵まれているからなどと人は訳も分らず評論するが、ほんとうのところは人の目につかないところで、もの凄い努力を重ねているのだ。運でさえも努力によって自分の味方につけてしまう。

 

 <ただ見れば何の苦もなき水鳥の足にひまなき我が思いかな>一見のんびりと気持ちよさそうに遊泳する水鳥は目に見えない水面下ではせわしく足で水を掻いているのだ。血の滲むような努力、誰にも負けない努力は凡人にはおいそれとできる芸当ではないが、そこまでいかなくても少し緩めれば誰でもできそうな方法がある。<もうちょっと>の法則だ。

 

 その昔アラスカはユーコン河のゴールドラッシュの時代、金鉱の採掘者が一攫千金を夢見て、穴を掘り続けるのだが、苦労の甲斐なく途中で諦める。その後、そこへ他者がやって来て、ほんのちょっとスコップを入れたところついに金脈に当る。それを伝え聞いた前者はじだんだを踏んで悔しがる。<もうちょっと>掘り続けていたらなあと。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.280

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 スマホがあちこちを我がもの顔で闊歩している。今や子供から大人までスマホを持たざるものはいないぐらいもの凄い勢いだ。また依存症や中毒症状まで引き起すスマホ病、その感染力もすさまじい。電車内などでは決って異様な光景にあう。皆が申し合わせたようにシーンと静寂の空気が漂う。

 

 おおよそ八割がたはスマホに顔を埋める。専ら自分の世界に浸り、無言の行、せわしく器用に指を動かす作業には様々な表情を見せる。こう言っては何だが、読書をする少数派の人が賢そうに見えてくる。駅の階段の上り下りのとき等、スマホ操作しながらの歩行は順列を乱す。後続がつかえて迷惑なことこの上ない。そんなに緊急なことでもあるのか。横から顔をのぞいてみると揃いも揃ってあほ面だ。何でだと少しは周りのことを考えよ、ちゃんと歩けよと。

 

 この間も車を運転中、信号無視して横断歩道を渡る、スマホ片手の若者を危うく轢きそうになった。幸いにもうまくよけることができた。大事に至らなくてホッと胸をなで下ろしたところだが、同時に腹の底からグワーッとどうしようもない怒りがこみ上げてきた。腹の虫がおさまらず、とっさに窓を開けてどなりつけたところだが、当人はスマホに夢中で当方の罵声が聞こえたのか、聞こえなかったのか何ごともなかったように去っていった。

 

 日々のニュースで自動車、自転車、歩行者のながらスマホが原因で痛ましい事故が絶えない。ここまでくると犯罪か公害か。歩きタバコも罰金を科すご時世だ。ながらスマホにも何らかのペナルティーをとったら少しは減ると思うのだが。

 

 誤解のないように断っておくが、スマホそのものを悪もの扱いにする気は毛頭ない。スマホの進化はとどまることを知らず、日常生活には欠かせない、極めて優れて有用な道具だ。要は使い方が問題だ。それが度をはずれると危険極まりない道具であることを承知しておかないといけない。

 

 この頃は、小中学校で子供たちにスマホを持たせていいか、否かの議論がされている。どちらの言い分にも一理はあるが、様々なことを思案するとやはり持たせるべきではない。便利は益や効をもたらすが一方では仇や罪をつくる。また心を痛めるいじめの誘発や学業にもさし障りが多々懸念されるところだ。

 

 そこでこう思う。運転免許証の取得時と同じように、スマホの購入時には使い方のマナー講習を義務化したらどうか。スマホが引き起す弊害を看過するわけにはいかない。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.279

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 

 梅は咲いたか桜はまだか爛漫の春も近い。みずみずしい生命が息吹く春は自然界のみならず人にとっても出発には最も適わしい季節だ。その出発のキーワードは挑戦の二文字がどんな言葉よりも似つかわしい。生きとし生けるものいかなる環境下にあろうとも生き抜くためには戦いは避けては通れない。

 

 挑戦とは戦いに挑むものの覚悟を言う。挑戦は限りない可能性を広げ新たな価値と知恵を生み戦いを有利にする。挑戦なくして進歩、発展も感動、歓喜もなしだ。

 

 さて次代を担うリーダーの心得としてかのピーター・F・ドラッカーが分かり易く次のように説いている。

 

「私が出会った有能なリーダーは皆、次のようなことを心得ていました。リーダーとはその人に従う人がいること。思索家も提唱者もいずれの役割も大変重要で必要ではありますが、従う人がいなければリーダーもいらないでしょう。有能なリーダーは必ずしも人気者とは限りません。人気者とリーダーシップを一緒にしてはいけません。肝心なことはすべて結果がものを言います。リーダーは常に見られています。ですから規範を示さなければなりません。リーダーシップとは、階級、特権、役職、金銭のことを指すのではありません。責任のことを言います。性格、風采、能力、興味の如何に拘らず、私が出会った有能なリーダーは皆次のように振る舞っていました。まず最初に「何をしたいか」ではなく、『何をしなければならないのか』を考えます。次に『人に差をつけるために何ができるか』を考えます。人間の多様性に関しては寛容で金太郎飴のような人材は求めません。単に好きか嫌いかといった次元で人を判断しません。しかし部下の実績、自己評価の基準や価値観、善悪といったものに関してはいささかも妥協は許しません。『鏡テスト』で自分を試してみます。朝鏡の中に映った人物が本当になりたい人かどうか、尊敬され信頼されるに足る人かどうかを確認するのです。 有能なリーダーはこのような方法で正しいことよりも、人の受けがよいことをしたり、つまらなくて浅ましくて安っぽい行動をするような誘惑に負けないように常に自分を鍛えるのです。」

 

 この話はリーダーだけに限ったことではない。志をもつ人、高みを目指す人、どんな立場の人であれ当てはめることができる。

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