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思うままに No.268

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 これまで人類は数々の発明発見をして進化、発達してきたが、文明文化の歴史上では最大の創造的なイノベーションは言語ではないだろうか。これほど多種多様な言語をつくり駆使できる能力は何億兆の生物の中で唯一人類だけがもつ。

 

 言葉は心を映し出す鏡だ。心の様相から発する精神作業だ。また<文は人なり>と言われるように、<言も人なり>だ。文は記録として残るが言も記憶として刻まれる。そして文責があるように言責もある。

 

 <丸いたまごも切りようで四角、ものも言いようで角がたつ>で、言葉は使い方ひとつでいかようにもなる。それを発する人と受け取る人との間には様々に微妙な感情と憶測が入り混じるが故に、いかに心を配ってうまく伝わるかどうかだ。それは能弁や訥弁といった技術的なレベルの問題ではなく全人に関わるものだ。とりわけ直言、諫言は必要なことであるが慎重にしなければならない。よく状況や経緯を観て相手の心情をおもんばかりながらどう伝えるか。

 

 後になってそんなつもりで言ったのではないと釈明しても、受けとりかたが間違えればとり返しのつかないことが起る。よかれと思い親身になって言ったことが仇になる。それは相互の信頼関係の度合いにもよるし、同じ言葉でも誰が言ったかによっても異なる。

 

 こんな話がある。

 

 「バラモンがお釈迦さまに汚くののしりましたが、お釈迦さまは顔色ひとつ変えず黙って聞いておられました。やがてバラモンに言いたい放題の悪口雑言を終らせてから、お釈迦さまはこうおっしゃいました。『あなたが他人に何かを差し上げようとしましょう。そのときその人が不要と考えそれをいただいてくれなかったとしたらその物は誰のものになりますか』と尋ねられました。するとバラモンは『それは当たり前のこと、これはもともと俺の物さ、そのまま持って帰るわい』と答えました。するとお釈迦さまは『いまあなたは私をののしりましたが、私はそれを受け取りませんので、そのままそっくりあなたに返します。ということは、あなたはあなたご自身をののしったことになりますね』と諭すように話されました。」

 

 他人に発した言葉はこだまのように自分に返ってくる。どうせ使うなら他人にも自分にもいい言葉を使おう。

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