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思うままに No.257

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 <情けは人の為ならず>はしばしば誤って使われる。人に情けをかけることは自分にも相手にも為にならないと。

 

 正しくは情けを人にかけるのはその人の為になるわけではなく自分がいつ人から情けを受ける立場になるとも限らない。人に情けをかけておけばいつかは巡り巡って自分によい報いが返ってくる。望もうと望まないとに拘らず結局は自分にも返ってくるものだから人にはつとめて親切にせよという意味だ。

 

 さて、日々使う言葉に「ありがとう」と「おかげさま」がある。その発する言葉がリレーのバトンのように人から人へとつなぎ、その連鎖によって互いに支え、支えられ、助け助けられている。

 

 そう考えると前述の情けと同様に、感謝・報恩についても人の為にならずと言える。人から親切にしていただいたことに謝意を表わすことは人として当然のことであるが、そのことはひいては自分の為にしていることなのだ。

 

 感謝するときに大事なことはその後の思いと行いだ。これが人の値打ちを決める。つねに思う。どうしたら少しでもお返しができるかを。お返しは単に物やその多い少ないではない。要は自分なりにできる事を心をこめて行うことだ。

 

 感謝と報恩はワンセットで連動しサイクルする。これが世の習いだ。加えて事には忘れてはならぬことと、忘れなければならないことがある。

 

 自分が人の為にしたことは心にとどめておく必要はない。それはむいて捨てるバナナの皮みたいなものでそのうち腐る。

 

 相手によかれと思って行ったことが後にどこかで恩きせがましくなり不遜を招く。せっかくの善意が悪意ともとられかねない。一方恩を受けたことは忘れないように胸に刻んでおかなければならない。これも相手の為にではなく自分の為にだ。

感謝のできる人は幸せだ。それにとどまらずお返しのできる人はもっと幸せだ。感謝の心は人格を磨いてくれる。報恩の心は信頼を厚くしてくれる。

 

 見事に咲く花を見て思う。花は地中で根っ子が苦闘してしっかりと支えているからこそ咲きそして種子をつくり次へとつないでいく。ここにも感謝と報恩のサイクルが連綿としてくり返される。あらゆるものが、見えないところ、気がつかないところでおかげさまによる大きな力が働いている。

 

 あって当り前、してもらって当り前はそうそう長くは続かない。いずれはそれがなくなると決って理不尽な不平不満を抱く。こういった性根の悪さは自分をも人をも腐らせる。こういう輩は土中に顔をつっこませてみるといい。人の親切や好意、それに伴う苦労が少しは分るであろう。

 

 だから当り前のことが、実は当り前でないと思うことだ。無いと思っていたことが有ったときほんとうの有り難さが身にしみる。

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