中京医薬品・会長のブログ

山田正行
※旧・社長のブログ
思うままに No.292

   

※エッセー「思うままに」より

 

 目標を定め、いざ向っていくとき、念頭に成功を収めた自分の姿や周りの人たちの喜ぶ様子をありありとイメージするといい。そうすることで成功の実現の可能性が格段と高まる。

 

 イメージはできるだけ具体的に想定して描くのがいい。支えてくれた人たちに感謝する自分、皆から拍手喝采の祝福やねぎらいを受ける自分等々それぞれの風景を思い浮べながら。よく人はイメージした通りに行動する習性があると言われる。アスリートたちが挙ってするイメージトレーニングの効果は周知の事実だ。

 

 また過ちをくり返さないようにするために、リスク管理として諸々の対策を講じることは当然のこととして、それよりもむしろ過ちを起した後で、後悔する自分や周りが残念がる、手痛いダメージの様子をイメージしてみることだ。何よりもその方が危機意識が高まり再発防止になる。

 

 例えば高所から飛び降り自殺を図ろうとする人を説得する際に、落下した自分の死体がいかに見るも無惨な姿になり果てるかをリアルにイメージさせることによって自殺を思いとどまらせる。安全運転を心懸けようとするなら、交通事故を起し、道路に流れ出る血だまりに伏せる死傷者の姿をイメージしてみたらどうか。また被害者を自分の子や孫におきかえてみたらどうか。いずれにおいてもありありと鮮明に描くイメージのもつ効力を使わない手はない。

 

 さて願望を叶えるにはいろいろの方法がある。一度や二度ぐらいでは、そうはいかないが「叶」と記すように十度は言葉を口にして、必ず成功するものと呪文をかけるようにして潜在意識にたたき込む。

 

 また紙に書いて常時目に入る所に貼り出しておく。当然人にも見られる。自分にも人にも誓うことで怠け心を起さないようにプレッシャーをかける。それかいっそのこと身体のどこかに消えにくいもので印す。スポーツ選手にもこれを勧めたいところだ。身体に刻み込むタトゥーはその最たるものではないか。身体に印す行為は同時に心に刻まれる。思い込みには一長一短があるが、善き強い思い込みは揺るぎのない信念へと転じる。

 

 その他どんな方法でもいい。よかれと思ったら先ず実行してみることだ。また人マネをしてみることだ。マネは学びなのだ。愚直にマネをやり続けることによってマネがマネでなくなる。新たなる境地と価値を創造していく。

 

 何ごとも前へ進むことが大事だ。その歩を阻む、悪しき固定観念を振り払え。たいした勇気は要らない。たったの一歩を進めさえすれば自ずと百歩、千歩へと続きやがては大きな歩みとなる。

 

※中京医薬品・会長のブログ「思うままに」は、今号を以て一旦休止とさせていただきます。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.291

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 地球環境は温暖化、人間関係は寒冷化。これに起因する痛ましい天災と人災。変化進化し続けるデジタル化は社会に大きな恩恵をもたらす一方で、人間関係(義理と人情)を希薄化、無味乾燥化にする。未来社会にあってデジタルの進展はますますアナログのもつ価値を格段に高めていく。

 

 心の通い合いや言葉使い、気遣いが一層重要になる。よく起きるパワハラ、モラハラ、セクハラなどのハラスメントはギスギスする人間関係からか、大げさに過敏になることもあるのではないか。日頃の信頼関係ができていたらそうそう深刻な事態には至らない。大抵は笑って済ませられるものだ。

 

 「そんなつもりで言ったのではない」、「何んでそこまでされなければならないのか」というように、する方も無神経、無配慮なら、される方も謙虚に受容する姿勢がかけるところもあるのではないか。

 

 とりわけ叱り下手、叱られ下手も気になるところだ。真意を伝えるべきところを未熟が故に感情に走り、不本意にも反感、不信を買ってしまう。人間は最たる感情の動物だ。その本質は理屈を超えて、アナログなのだ。

 

 この頃叱らない親が少なくないと聞く。躾の方針がないのか、教える自信がないのか、はたまた諦めで子に迎合してしまうのか。社会に出れば荒海にして多種多様な人たちがいる。家庭内では経験したことのない厳しい物言いや振る舞いにあうこともあろう。そこへもってきて、さして叱られたこともなく、甘やかされてきたが故に、辛苦に対する耐性ができていないから、過剰に反応して戸惑いや悩みを深くする。人は成長過程で揉まれながら生き抜く逞しさ、人の痛みが分かる優しさ、相手を慮る気配りを身につけていく。

 

 ところで手軽なSNSはしばし仮面と虚構の世界をつくり出す。甘言、巧言を弄して騙しが横行する。どこの誰だか顔も分らない、危険な罠が仕掛けられているかと思うと不気味だ。使用制限もない代りに不利益、被害を受けたときは自己責任だ。文明の利器は即、悪の凶器と化する。

 

 自動車でさえ試験に合格してはじめて免許証がもてる。それに比べてSNSはあらゆる空間を自由自在に飛び交う。これを悪用しようと犯罪を企む者には格好の道具だ。誘拐、暴行、殺害等々悲惨な事件は後を絶たない。

 

 とりわけ未熟で判断力の乏しい子供たちにはこれほど危険極まりないものはない。いつ我が子が犠牲者になるとも限らない。いちいちスマホのチェックも不可能だ。

 

 SNSのリスクを考えると、学校の授業の中でとりあげて欲しいものだ。法の整備、規制の強化、機器の改良、広く社会の連携と新たな仕組の構築が急がれる。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.290

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 過日は某百貨店にてどうにも解せない思いをした。

 

 並ぶ二基のエレベーター、一つは障害者優先、もう一つは車椅子とベビーカー優先の表示がある。係員がせわしくエレベーターの前で来るお客様をつかまえてはエレベーターに記してある表示の説明をする。分りましたと頷くと赤いビニールテープで囲んだコーナーに並んで待つようにと案内される。

 

 当方もさして急ぎでもなかったのでしばし順番を待つことにした。ようやく順番がきて車椅子とベビーカー優先のエレベーターに乗り込む。B1から10Fへと。

 

 杖をついた人をはじめ4・5人の高齢者(どうみても私より年上)を含めほぼ満員に近い状態。動き出す。2Fで止まりベビーカーを押す一組の若夫婦が乗ろうとするが満員とみたか諦めてパスしようとしたその時、エレベーターの係員が涼しい顔をして、ベビーカーが乗れるよう他のお客様はここでいったん降りて欲しいと言わんばかりの、半ば強制的にもとれるような口調だ。一瞬ムッとしたが、とっさに私が降りれば彼らが乗れそうだと思って降りることにした。

 

 そこで降りたはいいが、何とも割り切れない不快な思いが湧いてくる。この調子だと止まる各階で他の高齢者たちも順次降ろされるハメになるであろうと。どうも合点がいかない。車椅子とベビーカー以外の人は途中で降りてもらいますよとどこにも表示もなければ事前の説明もなし。

 

 弱者優先は言わずとも当然のことだが、車椅子やベビーカーよりも、むしろ杖をつく不自由な人のほうが辛いのではないか。見た目では分らない高齢者を降ろして、優先者に譲るようにと強要的なもの言いはいかがなものか。次が来るまで少し待ってもらえれば済むことではないか。

 

 行き過ぎた運用、無神経、差別的な接客にはあきれる。この店は商品、サービスを売る前に反感と不評をお客様から買うことになる。マナーの悪いお客様はどこにでもいる。ヘタなルールは却って無用の混乱をつくる。それよりも圧倒的多数を占める普通のお客様を尊重し、モラルと自主性に任せたほうがうんとうまくいく。

 

 それから、綺麗なエレベーターガールさん、マニュアル一辺倒、無配慮な接客はせっかくの美貌が泣きますよと。そもそもこの係は必要なのか。この高いコストを他にまわしたらどうか。

 

 いっそのこと一基は従来通り障害者優先の一般用でいいが、問題のもう一基は車椅子とベビーカー専用にすれば余計な混乱も非礼もなくなる。サービスの本質は心配りだ。侮りや偏りのないようにしないとせっかくの他のいいサービスまでも台無しになる。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.289

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 明けましてお目出度うございます。今一度「健康づくり、幸福づくり、人づくり」を念頭においてワンチームでもって良き年にしましょう。

 

 あらゆる生物の中で唯一人間だけだ。衣服をまとい肩書きや装飾品を身につけるのは。他の生き物は生れたままの姿で一生を過ごす。余計なものは一切装わず裸一貫、知恵と能力と体力を使って勝負し生き抜いていく。

 

 装いは隠したり化けたりすることができる故に、ごまかしや、まやかしになり易い。真実の姿が見えにくくなる。人間も生れるときと、風呂に入るときは素裸になる。浴場ではどこの誰であろうが名札はなし、身分も地位も知る由はなし。ついているものは皆同じ。気分はゆったり何の気がねもいらない。

 

 言いたいことは肩書きや装飾に惑わされず正味で人生を勝負していくには、結局のところ人間力の高低が鍵をにぎるということだ。人間力とは何か。正真正銘まる裸の人間の魅力だ。全身から放たれるオーラのような何かが人を惹きつける。ただそこに居るだけで周りが和む。慈愛に溢れ人を安堵で包み込む。

 

 人間力はおいそれと容易につくものではない。メッキはすぐ剥がれる。温室育ちではとても無理なこと。風雪に耐えてこそ育まれる。様々な辛酸をなめ、悔しさをバネにし、刻苦をエネルギーに換え、健気に前へ前へと進む。そこから優しさや逞しさ、心配りや情愛が深まる。

 

 力は力でも人間力は諸々の能力とは同列ではない。次元が違う。言うなれば能力は枝葉で、人間力は地中でしっかり支える根だ。この人間力は古今東西どこにあろうとも人を魅了し尊敬の的になる。

 

 さてマラソンの金メダリスト高橋尚子選手を育て上げた名監督故小出氏が選手たちを前にしてよく口を酸っぱく説いた言葉がある。「マラソンは何の為にやるのか、厳しい練習は何の為に積むのか、辛いときはいつも初心にかえることの大切さや原点の重要さ」を折に触れて口にした。また「何をするにも物事には目的と目標があるのだ」と。

 

 「目的はひとつだ。マラソンという競技を通していかに人間力を高めていくかにある。メダリストになるのは目標であって目的ではない。諸々の目標達成はあくまでも目的を実現するための方法手段だ。勘違いをするな」と。

 

 我々も人づくりにおいては土俵は違うが目指すものは同じだ。日々目標達成に向けて挑み続ける中で目的とする人間力を高めていくことにある。その意味では正しく職場は皆が互いに切磋琢磨して自分を高めていく人間錬磨の道場だ。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.288

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 約束破りの常習者は有り難くないウソつき呼ばわりのレッテルを貼られる。仏の顔も三度、しまいには誰からも相手にされなくなる。だから世の親御さんは子供にはそうなって欲しくはないと物心がつく幼少の頃、約束を守ることの大切さを躾ける。<指切りげんまんウソついたら針千本呑ます>のように友達との遊びの中で他愛のない約束を交わせながら社会性やルールの大切さを身に付ける。

 

 さて人は軽々に約束をするが、それを実行するか否かは人間関係を良好にする上では極めて大切な要因になる。反故すれば不信を招きいつかは思いもよらないしっぺ返しを受ける。不履行によって失う信頼を回復するには、その代償として約束を果すのに要する数倍のエネルギーと時間を費やすことになる。不履行は割が合わないのだ。約束の本質は道義にある。お互いに誓い、守ることを信じ合いその証として実行力で示す。人間関係をよりよく円滑に進めるためには約束は大きな意味をもつ。

 

 すべての約束事は実行なくして成り立たない。だから時々思う。誰とも約束事なしで日々を送れたらどんなに気が楽なことかと。果そうが果さまいが、責任は問われることはないし非難も批判も受けなくて済む。ところが世捨て人ならともかく、現実の社会はそうはいかない。人間社会はすべて約束事で成り立っているからだ。子供から大人まで私たちは日々何かにつけて一つや二つの約束事をして過ごす。暗黙の約束を含めて果していくことにより大事な大事な信頼と信用が築かれていく。

 

 また人を計るとき、約束はもっとも有効な物差しになる。その人の程度が如実に現われてこれほど分り易いものはない。この人はつき合っていい人なのか否かは、たとえ口約束でもいいから試しに交わしてみるといい。答えは直ぐ出る。

 

 そこで約束を守るにはどうすればいいのか。要は軽々に約束をしないことだ。安請け合いはどうにも危かしい。果せなかったら相手に迷惑が及ぶ。信頼も失う。それでも約束事を避けては通れないのが日常だ。その上で自分の意にそぐわない点があればノーではなく今度はこちらから相手に納得をしてもらえるべく代替案とその根拠を示すことだ。

 

 合意を得、いったん約束を交わしたら何があろうが死守しなければならない。言い訳は無用、見苦しい。果せなければ信頼、信用はもとより自分の立つ瀬を失くし、自尊心をも失う。約束のもつ恐さと重さがここにある。約束の別名は言行一致だ。言うことと為すことが違えれば度重なれば人は離れていく。

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