思うままに No.260

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 何とも妙な気分だ。ため息まじりの安堵にほっと胸をなでおろす。期待するほどに心配のほうも募った。負けてよかったのだと。これでいいのだと。そう言うと藤井ファンには叱られるかもしれないが、かく言う小生も大ファンの一人だと自負している。

 

 前人未踏の新記録29連勝の大金字塔をうちたてた。これで十分過ぎる歴史的な快挙ではないか。これ以上何を望めというのか。記録は破られるためにある。そして記録は次なるヒーローの出現を待ち望む。彼はまだあどけない中学生に過ぎないが、このことは甲子園球児の投手がいきなりプロ野球に初登板をして勝ち続けたぐらいの偉業だと言われる。

 

 勝負の世界に勝ち負けはつきものだが<負けて覚える将棋かな>で負けをものにしてこそ強くなる。<勝つに不思議はあるが負けに不思議はなし>で敗因をよく研究していくことによって次に活かせることができる。その意味でこの痛恨の一敗は苦い良薬となり先の千勝に匹敵するもので何ら口惜しさもなくすんなり腹に落ちる。これからの長い長い将棋人生を考えるとこの一敗には大きな意味と価値が生れる。

 

 彼の盤に向うひたむきな姿勢を見るにつけ、これを絶好の機会にして飛躍のための踏み台にし、さらに不断の精進を重ねて逞しく強くなっていくに違いない。礼儀正しさ振る舞いや口ぶりと言い、申し分なく誰しも感服するところだ。先程引退されたレジェンド加藤一二三さんいわく、藤井さんは「秀才の天才」棋界の珠玉だと。棋界内にとどまらず国民が大きな拍手と声援を惜しまないところだ。

 

 将棋も武道と同様に道というものがある。人との対局から道を学びAIとの対局から技を磨き、心技体を兼ね備えた棋士として限りなく伸びていって欲しい。彼ならそれをやり遂げていく人だと期待し確信している。案の定現時点では一敗をはさんで連勝中だ。

この度のこと本来は逆だと思うが世の大人たちのほうこそ、このいち少年から多くを学び夢と希望と励ましをもらったことであろう。

 

 一方藤井四段の連勝にストップをかけた佐々木五段の勝負にかける気力、知力、胆力は目を見張るもので天晴れの一言に尽きる。彼もまた藤井四段と共に将来の棋界を背負っていく逸材であることに違いない。この二人の対局は後々まで語り継がれることであろう。力限りの真剣勝負のぶつかり合い、熾烈を極める生身の人と人との闘う様は何と厳しくも美しいことか。

 

 これを機にあまたの秀でた若手の棋士たちがしのぎをけずり合い棋界を引っぱっていくことであろう。お互いに切磋琢磨して道を極め人間力をより高めていくことに限りない期待を寄せるところだ。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.258

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 ある会合で御年90になられる方と運よく席を共にした。とても若々しくかくしゃくとして話しぶりといい仕草といいその年には見えない。その秘けつを尋ねてみたら「くよくよしない。元気にする。感謝の心をもつ」である。想定通り長寿の方々がよく口にする言葉が返ってきた。

 

 さらに続けて「不幸は財産になる」と、一瞬聞き違いかなとわが耳を疑ったがその意味を問い返した。

 

 「強がりで言うのではない。年寄りのたわ言と聞いてもらってもかまわない。不幸は誰にでも訪れるものだ。望まなくてもくる。できることなら避けたいところだ。辛いことだが嘆いても詮ないこと。そういうときにはいさぎよくさらっとそのまま受けとめることだ。長い人生にはどうあがいてもどうにもならないことがある。だからさらっとだ。

 

 他を恨んだり責めたりするのは愚の骨頂だ。そういうことを思っているからますます気分は泥沼の深場にはまるのだ。何が起きても最後にはなるようになるから大丈夫だ。それはそれで踏ん切りをつけて、その辛い経験を何かのときに活かすことに思いを巡らせよ。その教訓を生きる知恵にして後のために貯金をしておけ。この貯金が長い人生を生き抜くかけがえのない財産になる。」と。表情はおだやかだがきりっと眼光がひかる。

 

 幸も不幸も同根だ。いずれも心の内ではときに対立し、ときに融和し同居している。幸、不幸は表裏一体、定まらず幸が不幸に、不幸が幸に変転する。ただし知恵を活かし心の処し方次第で物事は好転する。日常体が不具合になったり大切な人や物、時や所を失くしたりで様々なことが起こる。それでも思いがけない不幸が心のもちようひとつで打って変わって人を輝かせることはよくあることだ。

 

 幸せは数量で計れるものではない。ましてや他人と競うことでもなく比べるものでもない。遠い所ではなく身近のちょっとした所に潜んでいる。幸せは仕合せとも表わす。お互いに心を合わせ自分のでき得ることを精一杯仕え合うことを意味する。仕合せは自分と相手、両者の心を尽す共同作業だ。そのもとは感謝の心だ。また感謝する心をもてばおのずと相手からも感謝されたい思いが芽生え行動へと駆り立てられる。

 

 ある結婚式での新婦のスピーチは今もなお耳に残る。「これから先、どんな不幸に見舞われても、二人で力を合わせていく覚悟です」と。普通のスピーチは「これから二人で幸せな家庭を築いていきます」であるが。

 

 寒さに震える人ほど太陽の暖かさを感じるものだ。人生の不幸をいくつもかいくぐってきた人ほどほんとうの優しさや強さ、そして感謝の念が深まっていく。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.257

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 <情けは人の為ならず>はしばしば誤って使われる。人に情けをかけることは自分にも相手にも為にならないと。

 

 正しくは情けを人にかけるのはその人の為になるわけではなく自分がいつ人から情けを受ける立場になるとも限らない。人に情けをかけておけばいつかは巡り巡って自分によい報いが返ってくる。望もうと望まないとに拘らず結局は自分にも返ってくるものだから人にはつとめて親切にせよという意味だ。

 

 さて、日々使う言葉に「ありがとう」と「おかげさま」がある。その発する言葉がリレーのバトンのように人から人へとつなぎ、その連鎖によって互いに支え、支えられ、助け助けられている。

 

 そう考えると前述の情けと同様に、感謝・報恩についても人の為にならずと言える。人から親切にしていただいたことに謝意を表わすことは人として当然のことであるが、そのことはひいては自分の為にしていることなのだ。

 

 感謝するときに大事なことはその後の思いと行いだ。これが人の値打ちを決める。つねに思う。どうしたら少しでもお返しができるかを。お返しは単に物やその多い少ないではない。要は自分なりにできる事を心をこめて行うことだ。

 

 感謝と報恩はワンセットで連動しサイクルする。これが世の習いだ。加えて事には忘れてはならぬことと、忘れなければならないことがある。

 

 自分が人の為にしたことは心にとどめておく必要はない。それはむいて捨てるバナナの皮みたいなものでそのうち腐る。

 

 相手によかれと思って行ったことが後にどこかで恩きせがましくなり不遜を招く。せっかくの善意が悪意ともとられかねない。一方恩を受けたことは忘れないように胸に刻んでおかなければならない。これも相手の為にではなく自分の為にだ。

感謝のできる人は幸せだ。それにとどまらずお返しのできる人はもっと幸せだ。感謝の心は人格を磨いてくれる。報恩の心は信頼を厚くしてくれる。

 

 見事に咲く花を見て思う。花は地中で根っ子が苦闘してしっかりと支えているからこそ咲きそして種子をつくり次へとつないでいく。ここにも感謝と報恩のサイクルが連綿としてくり返される。あらゆるものが、見えないところ、気がつかないところでおかげさまによる大きな力が働いている。

 

 あって当り前、してもらって当り前はそうそう長くは続かない。いずれはそれがなくなると決って理不尽な不平不満を抱く。こういった性根の悪さは自分をも人をも腐らせる。こういう輩は土中に顔をつっこませてみるといい。人の親切や好意、それに伴う苦労が少しは分るであろう。

 

 だから当り前のことが、実は当り前でないと思うことだ。無いと思っていたことが有ったときほんとうの有り難さが身にしみる。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.256

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 何と言おうか神の仕組んだシナリオなのか、稀勢の里関が春場所にて神がかり的に優勝の賜杯を手中にした。感動感激感涙がうず巻く会場は鳴り止まない割れんばかりの大拍手、横綱の男泣きに皆ももらい泣き。

 

 「泣かないでおこうと決めていたのに、すみません」、「やれることは全部やった。最後まであきらめないという念いでいた。何か見えない力が働いた」と。この涙はうれし涙に違いないがその心の奥底には皆に支えられていまの自分があるという深い感謝の念が自ずとそうさせたのだろう。

 

 あれだけの怪我をおして出場に駆り立てたのは何なのか、休場しても誰もが容認するのに何故なのか。そこには綱をしめる者の使命と責任、やり抜く信念、そして観客の期待に何としても応えたいという一念が痛いほどに伝わってくる。

 

 彼にとっては怪我が痛いのではなくて休むことが痛いのだ。弱いから怪我をするのだと怪我を恥と考える。後日、いま一番やりたいことは何ですかと問われて「けいこです」と。

 

 これからさらに高みを目指すためには、大敵である怪我をしないようにということか。観客がもっとも望むことは全力死力を尽す力士の様だ。相撲に限らず、また勝敗の結果に限らず皆その様を観て惜しみない称賛をおくる。勝ち負けは時の運だが、何よりもその様が問われる。いい勝ち方わるい勝ち方、いい負け方わるい負け方、その内容の良し悪しに価値をおく。

 

 相撲は正しく国技であるが、単なるスポーツでも格闘技でもない。そこには品位品格、礼儀作法を重んじる相撲道がある。その上で心技体を通して力士の魂と魂がぶつかり合うところに観る人をして心を打つ。勝者は謙虚にして勝っておごらず、敗者は腐らず、勝者は敗者を気づかい、敗者は勝者に敬意を払う。これぞ相撲の本来の魅力だ。

 

 相撲には日本の心が宿る。日本人のもつ美と価値が土俵には凝縮される。日本人の日本人たる自覚と矜持を表わす。このことは世界に胸をはれる日本人の心の教育に結びつく。相撲道を通して大人のみならず次代を担う子供たちには格好の学びとなる。その意味で相撲協会や親方衆には広く社会的使命を念頭において強く力士たちの教育指導に注力して頂きたいと切望して止まない。推し進めるそのもとは日々のけいこにある。

 

 さて過日の第40期中期経営計画説明会のなかで年次表彰がとり行われた。その際の受賞者の皆さんの発表には深い感銘を受けた。

 

 「働きやすい職場環境づくり。何でも言える雰囲気づくり、工夫と知識による実践」、「売るとき以上にその後の手紙や電話などのフォローの大切さ、続けて頂いてさらに満足を」、「滞在時間は手短に、ニーズに適った訪問サイクルの徹底」、「フロンティアスピリットの実践」、「一日一日を大切に」、「問題があることは悪いことではない。問題に気づかないことが問題だ」、「責任者は成果の最大化を、仕事に誇りをもって皆のベクトルをあわせる」

 

 誰もが思ったことでしょう、各人とも特別なことをやっているわけではなく、ごく当たり前のことを当たり前にやっていることを。そして皆さんには常に感謝の念が人一倍強いことを。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.255

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 営業の仕事が面白い、楽しいと感じるのは、お客様からの感謝や信頼を得るときだが、その証しの最たるものは力士と同様白星をあげることに尽きる。とりわけ新人さんの場合には早いうちに小さな成果がでるよう後押しをしてその喜びを味あわせることだ。

 

 モチベーションを高めるのは何よりも勝ち星が薬になる。少しずつ成功体験をしていくことによって良きスパイラルが作られていく。人はほんのちょっとしたことでも自信をもつようになると見違えるように伸びる。言うことなすことも変ってくる。自信が希望を作り、やる気が腕前を上げる。

 

 逆にうまくいかないことが長く続くと増々焦りや不安を助長し、自信喪失する。このちょっとした心配りが重要なポイントだ。自信と落胆は紙一重だ。経験上、おしなべて早い時期に成功体験をしていく人は後々に優秀な人材となっていく確率が高い。

 

 さて人柄もよく、マナーもよく、社歴も長く、知識も豊富なのにいまひとつ成果が上がらないのは何故か。それは一言でいえば営業の本来の目的が分っていないからだ。営業力とそれらは必ずしも比例するとは限らない。営業力とは継続して買ってもらえる力を言う。そのためにはお客様が何を望んでいるのか、その欲求と要望を探し当てることに目を皿にし、耳を立てて意を注ぐことにある。

 

 営業マンは商品の良さ(欠点も含めて)を分り易く説明し理解して頂くことにあるが問題はその先にある。購入して頂き、実際に使用して頂いてこそお役に立てる。言うまでもないがどんなに美しいものでも話だけでは分らない。実際に食べてみなければ分らないではないか。

 

 成功するにはいくつかのステップを踏むが、売れるか否かその分れ目はひとえにクロージングにかかっている。ここが営業の肝だ。いくら知識を披ろうするも肝心のクロージングに踏み込めない原因は、お客様に嫌われはしないか、悪印象をもたれはしないかという妙なためらいや不安をもつことにあるようだ。

 

 このはっきりしない態度がお客様には頼りない不安や不信感を抱かせ不調に終わる。お客様はふん切りがつかず少々惑うものだ。その際に自信をもっての一言を待っているのだ。これがお客様心理だ。

 

 商品を使用することによって得る良さをイメージして頂き、様子を観て購入の決断を促すクロージングに移ることが大事だ。この時点で営業マンは売る人から離れもうひとつの役は第三者となり、よき助言をする人にまわるよう一人二役できなければならない。重々営業の目的は商品を使って頂き良さを実感して頂くことにある。

 

 お客様が本当に期待するのは商品知識でも説明上手でもない。すすめられた商品を使うことによって得られる効果・効用や心地よさを求めているのだ。

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