思うままに No.279

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 

 梅は咲いたか桜はまだか爛漫の春も近い。みずみずしい生命が息吹く春は自然界のみならず人にとっても出発には最も適わしい季節だ。その出発のキーワードは挑戦の二文字がどんな言葉よりも似つかわしい。生きとし生けるものいかなる環境下にあろうとも生き抜くためには戦いは避けては通れない。

 

 挑戦とは戦いに挑むものの覚悟を言う。挑戦は限りない可能性を広げ新たな価値と知恵を生み戦いを有利にする。挑戦なくして進歩、発展も感動、歓喜もなしだ。

 

 さて次代を担うリーダーの心得としてかのピーター・F・ドラッカーが分かり易く次のように説いている。

 

「私が出会った有能なリーダーは皆、次のようなことを心得ていました。リーダーとはその人に従う人がいること。思索家も提唱者もいずれの役割も大変重要で必要ではありますが、従う人がいなければリーダーもいらないでしょう。有能なリーダーは必ずしも人気者とは限りません。人気者とリーダーシップを一緒にしてはいけません。肝心なことはすべて結果がものを言います。リーダーは常に見られています。ですから規範を示さなければなりません。リーダーシップとは、階級、特権、役職、金銭のことを指すのではありません。責任のことを言います。性格、風采、能力、興味の如何に拘らず、私が出会った有能なリーダーは皆次のように振る舞っていました。まず最初に「何をしたいか」ではなく、『何をしなければならないのか』を考えます。次に『人に差をつけるために何ができるか』を考えます。人間の多様性に関しては寛容で金太郎飴のような人材は求めません。単に好きか嫌いかといった次元で人を判断しません。しかし部下の実績、自己評価の基準や価値観、善悪といったものに関してはいささかも妥協は許しません。『鏡テスト』で自分を試してみます。朝鏡の中に映った人物が本当になりたい人かどうか、尊敬され信頼されるに足る人かどうかを確認するのです。 有能なリーダーはこのような方法で正しいことよりも、人の受けがよいことをしたり、つまらなくて浅ましくて安っぽい行動をするような誘惑に負けないように常に自分を鍛えるのです。」

 

 この話はリーダーだけに限ったことではない。志をもつ人、高みを目指す人、どんな立場の人であれ当てはめることができる。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.278

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 

 寒風に震える木々が赤茶色の芽をぽつんと出して、いまかいまかと希望の春を待ち焦がれている。彩りが寂しいこの時季にあってひときわ紫陽花の葉が紅葉して鮮やかだ。冷え込むほどにその色を深める。

 

 時の経つのも速いもので、ついこの間元旦を迎えたと思ったらもう二月。二度と戻ることのない刻み行く時の大切さを思う。今日があることに感謝しつつ与えられた一日一日を悔いのないように、少しでも恩に報いられるように、役に立てられるようにしなければと思うことしきりだ。

 

 いよいよ余すところ一年、東京五輪が近づいてきた。何と言っても五輪の花形はマラソン競技につきる。日本選手の活躍がもっとも望まれるところだ。その代表選手は昨年日本新記録を出した大迫傑だ。各大会などで彼の走りぶりを観ていると、ますます期待感が募る。

 

 そう思っている矢先に彼の記事が目にとび込んできた。<根性>をキーワードに掲げて五輪に挑むという決意のコメント。昨今の風潮として根性論は過去の遺物、古臭い考え方だと敬遠されがちだが臆することなく敢えて発する彼の言葉には我が意を得たりだ。核心をついた決意のこの言葉こそ戦いに挑む者には絶対条件だということを改めて教示してくれた。

 

 根性とは何があろうが決意したことをやり続けやり抜く心、またカベに突き当れば<何クソ>の精神をいう。目標に向うとき心の根がしっかりと根を張ってこそそれに連なって技も体も向上する。

 

 彼言わく、「昭和は日本人の良さを出せた時代、それが消えたのは平成。根性、辛抱強さといった日本人らしさを忘れて、変に海外志向になった。最近の子は練習であまり走らない。」、「マラソンはハードな練習をして頑張る数値を上げないと成長しない。僕はそこに気づけた。」、「外国人と比べて日本人の方が根性の絶対的価値や限界値は高いと思う。東京五輪がモチベーション。世界との差が縮まるかは僕らの努力次第。僕が気づいたことを意識していけばもっと日本人は強くなる。」と。

 

 当り前のことに気づきぶれることなく当り前のようにやり続ける愚直さ。何が大事で何をしなければならないかをドスンと肝の底まで落し込む。気の早いことだがいまから東京五輪のマラソンに思いを巡らせると表彰台の真ん中に立つ雄々しい彼の勇姿が目に浮かんできそうだ。

 

 <温故知新>根性のもつ偉大な力を再認識しよう。アスリートに限らずどの世界にあっても同じこと。進歩向上においては多種多様にわたる技術や仕組だろうが、また理論理屈だろうが絶対条件の<根性>を抜きにして物事の成就はない。

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思うままに No.277

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 明けましておめでとうございます。健康第一、いい年にできますように。

 

 おかげさまで本年は70周年を迎える。創業して10年存続できる企業は5%にも満たないと言われる時代にあってよくぞここまで続けて来られたものだと改めてお客様、従業員の皆さんをはじめ支えて下さる多くの方々に感謝したい。

 

 70周年を期して本年こそは昨年できなかったこと、やらなかったことを顧み、意をもって実行する年にしましょう。それとも来年に先延ばしにしますか。<一年の計は元旦にあり>だが、たまには一生の計として来し方、行く末を見直してみることも必要だ。

 

 常々思う。いままでもこれからも同様、一生は闘いの連続だ。その相手は他人ではなく相も変らず自分だ。「これくらいのことで負けてたまるか」と、「努力せんどいて何がうまくいくか」、「一生懸命やるで人様が助けてくれるのだ」そして「人助けてこそ自分も助かるのだ」と。

 

 「簡単に白旗をあげるな、男がすたるわ」、「人から同情されても自分に同情するな、そこからは甘えしか生まれん」と、事あるたびに自分を叱咤激励してきたところだ。そもそも人間は弱いものだ。タガがゆるむと直ぐさま易きに流され落ちていく。だからこそここぞというときには落ち着いて自分をよく見つめ、自分によく言いきかせる自分が要るのだ。

 

 さて人生100年の時代が来た。きんさんぎんさんだったか70歳は若者だと、そう言われるとそうだ。その気になると何となく若やいで力も湧いてくる。

 

 老化は退化ではなく進化だ。そこには来し方いろいろと蓄積してきた貴重な経験と知恵を活かして埋もれる潜在能力を掘り起していくことで、さらなる進化が図られる。この進化の源は好奇心だ。若いときには気づかなかったこと、あるいは無意味なものと思っていたことが齢を重ねるにつれて思いも寄らない新しい価値の発見がある。

 

 いくつになっても生き方如何で、考え方ひとつで人生は面白くも、楽しくもできる。要は人生は自前だ。自分次第でどうにでも変われる。目は衰えても若いときよりもずっと目利きは確かになり心眼も深くなる。歯の具合がよくなければ代替の道具で用は足せる。かえってゆっくり咀嚼(そしゃく)するのでものの味がよく分るようになる。耳は遠くなることから人の話は集中して聴くようになるので、よく思索をめぐらすことができる。顔のしわは人生の風雪を堪えて乗り越えてきた誇り高い証しだ。それよりも精神のしわのばしに意をおくことだ。

 

 格好いい眩しげなロマンスグレーをわざわざ何故に染めるのかもったいない。何と言っても自然体のほうが心にも体にもやさしくてバランスがとれていい。また肉体は衰えても精神はさにあらずだ。

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思うままに No.276

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 <無用の用>という言葉がある。世の中で無用とされている物も活用の仕方によっては大いに役立つもので無駄なものはない。また一見したところ用途のないものが実際は人間の知見を超えた働きがあるという意味だ。

 

 このことは物に限らず人にもあてはまる。人は何かしらの役割をもってこの世に生を受けた。日常で交わす約束やそれぞれが担う役割を果すことによって万事は円滑に運ばれる。そこに互助と信頼のきずながつくられていく。

 

 さて青森県に恐山菩提寺という有名な供養のお寺がある。亡くなった人の氏名と命日、そして故人に一言、自分の念いを石に書いて境内に奉じ祈願するというものだ。連日全国から大勢の人でにぎわう。

 

 寺の人言わく、「この一言メッセージでもっとも多く書かれるのは何でしょうか」と皆さんに尋ねると、大抵は『ありがとうでしょう』と答えるそうだ。ところがさにあらずで一番多いのは「またあなたに会いたい」で「ありがとう」は二番目だそうだ。

 

 ありがとうの言葉は言う人にとっても言われる人にとっても双方が嬉しい気分になるのもだが、周りの人やお客様から「またあなたに会いたい」「あなたと一緒に仕事がしたい」「今度はいつ会えますか」等と言ってもらえるようになるとしたら、これに勝る至福はない。と同時にもっと人から愛され親しまれるよう向上心をもってますます自分を磨き高めていきたいと思いも強くなる。

 

 さらに続く「ご遺族に頼まれて日々たくさんのご祈祷を勤めるのが私の役割ですがその中で心底きついと思うのが幼くして亡くした子供さんのご祈祷です」と。「ほとんどの親御さんが口を揃えておっしゃるのは『この子が生きているうちに親として何もさせてやれなかったことを悔やんでいます』と涙ながらにお話しを聞くのが辛い」と。

 

 そういうときにはこのように話をさせてもらいます。「でも違うんですよ。赤子は何もできなかったということはないのですよ。赤子は生まれた瞬間に立派な役割を果していますよ。だってそうでしょう夫婦のあなた方を一人の子の親にしたのですから。」と。

 

 人は一生いろいろ託された役割をもって世に人に役立とうとする。喜怒哀楽の寄せては返す波に揉まれながらも、くじけず負けず生きがいをもって頑張ることに人生の意義を見出す。

 

 上司と部下、お客様と企業、親と子、先生と生徒といった様々な関わりの中で良き関係を築くにはきちっと約束、役割を果すべく意思と行動の力は欠かせない。至極当り前のことだが、約束、役割を全うしていくことが信頼と信用、生きがい、希望と勇気の力、カベを乗り越える力、個と組織の和と力をつくっていく。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.275

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 会話は精神と頭脳が織りなす知性と感性の相互作業で、人間の特性をもっともよく表わす活動のひとつだ。もし会話を厳禁にしたら人は幾日耐えられるだろうか。たいへんな難行苦行になることであろう。会話は相互理解を深めるには優れて有用だ。文章も同様であるが、様々な言語を自由自在に駆使して、双方向でコミュニケーションを図れるのは生き物のなかでは唯一人間だけだ。

 

 多種多様の豊富な言葉はたいそう便利だが、使い方次第によっては諸刃の剣になる。ひとつの言葉で励まされ、救われる一方で、言葉によっては受ける傷は刃よりもひどく痛く感じることがある。言葉は人なりで自ずと人柄がでる。手軽に無料で使えるが話によっては人、時、場をよく弁えて使わないと本意ではないことが誤って伝わってしまう。

 

 肝心な話しは要領を得て要点を整理し、短いほうが伝わり易い。加えるに相手の真意をくみとるべく聞く力を磨いて行けば、察する力も養われ、コミュニケーション能力を高めることができる。

 

 さて日常よく使われる言葉に「話せば分る」がある。よく話せば折り合いがつくのにと、事あるごとに外野のほうから批判の声があがる。「話せば分る」を万能のようにして言うが、なかなかそうはいかないものだ。いくら時間をかけて話し合いの場をもってしても何とも埒があかない。そこが当事者の悩ましくもやるせないところだ。

 

 折り合いをつけるには腹を割って話し合えるかどうかだ。相手の胸襟を開くには手前みそや腹蔵があっては通じない。すぐ見抜かれる。人は話の内容そのもの以上に信頼できる人か否かその魂胆を見極めようとする。不都合が起きたときほど、日頃の信頼関係がものを言う。その証しは普段の姿勢や言動にある。その上で一にも二にも誠意をもって臨むことが賢明だ。誠実に勝る知恵はなしだ。

 

 一方で以心伝心のように言わずとも聞かずともお互いにツーカーで通じる究極のコミュニケーションがある。「言わなくても分る」はとりもなおさず「聞かなくても分る」でまさに阿吽の呼吸だ。そもそも信頼は楽境のときより苦境のときのほうが強固につくられる。辛苦を共にするときが深いきずなをつくれる。戦いにあって、生死を共にする戦友はその最たるものだ。

 

 また同じ言葉を使っても言う人によって受けとられ方は違う。聞く人は誰が言ったのか、言う人をみて判断することもある。言葉は生れも育ちも違う。自分とは同じではない人と人、心と心をつなげる無双のコミュニケーションの道具だ。あくまでも信頼をもとに使い方次第で生きも死にもする。

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