思うままに No.269

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 健康寿命が延びていよいよ人生100年の時代の到来だ。ますます高まる健康志向や予防医学、医療の進歩によるところが大きい。この頃の60歳は昔の40歳で元気ハツラツ、実に若々しい。齢を重ねていくたびに若い時以上に生きがいややりがいをもつことが人生をおくる上でいかに大切なことかと考えている。それ故にさらにコクのある人生にできる。生きがいもやりがいも人に言われてもつものでもないし、人に代ってやってもらうものでもない。

 

 自ら希望し自主的にもつものだが、どういう訳か、もてない理由に環境や条件が合わない、整わないからとへ理屈をこねたり、人から与えられるものだと勘違いも甚だしい輩もいる。それも年配者よりも若者に多いような気がする。心配なことだ。人生これから先が長いというのに、さして夢もなければ目標もなく、なんとなく無為な日々をやり過ごす。覇気がなく受身で依存心が強い。また感謝の気持も薄いようだ。生きがいの意味ぐらいは知っているのだろうが、それをもてないのは周りのせいだ、社会が悪いからだと他のせいにしたがる、もったいない人生をおくる。

 

 ついでのことだが、日々おぞましい事件が後を絶たないが、犯罪者は共通して職にも就かず、身勝手で依存心が心の内に巣くっているのではないかと思う。他のせいにすることは許されるものではない。何だろうがかんだろうが犯した張本人が悪なのだ。にもかかわらず非道な事件が起きたのは少なからず社会の責任などと心ないご託を並べ、またそれに迎合するような風潮が危うい。また罪を償うにおしなべて加害者に甘く被害者のことを思うと胸が痛む。

 

 さて人生には生きがいはまさに生きていく命の証だ。それがないと萎える。実りある人生にするためには、生きがいとは即ち目標、希望をもつことだ。そこに日々の充実感を得ると共に、何よりもその向こうに喜んでくれる人の顔を見ることができる。

 

 加えて生きがいは自分のことよりもむしろ他に対してのほうが熱意も大きくなる。自分のことだと、まあいいかと途中で投げ出したり、手を抜いたりしがちだが他のためにということになるといっそう思いの力も強まる。大抵の人は日頃より何か生きがいはないかと探し求めるが、その一方できることなら苦労をしたくない、平穏無事で過ごしたいと考える。

 

 そもそも生きがいはそれ相当の苦労をしてカベを乗り越えていくときに実感する。ところがだ、いざカベに突き当ると、いとも簡単に意趣返して逃げ出す輩に限ってどこかに手軽な生きがいはないものかとあてのない、ないもの探しをするところが滑稽で哀れに映る。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.268

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 これまで人類は数々の発明発見をして進化、発達してきたが、文明文化の歴史上では最大の創造的なイノベーションは言語ではないだろうか。これほど多種多様な言語をつくり駆使できる能力は何億兆の生物の中で唯一人類だけがもつ。

 

 言葉は心を映し出す鏡だ。心の様相から発する精神作業だ。また<文は人なり>と言われるように、<言も人なり>だ。文は記録として残るが言も記憶として刻まれる。そして文責があるように言責もある。

 

 <丸いたまごも切りようで四角、ものも言いようで角がたつ>で、言葉は使い方ひとつでいかようにもなる。それを発する人と受け取る人との間には様々に微妙な感情と憶測が入り混じるが故に、いかに心を配ってうまく伝わるかどうかだ。それは能弁や訥弁といった技術的なレベルの問題ではなく全人に関わるものだ。とりわけ直言、諫言は必要なことであるが慎重にしなければならない。よく状況や経緯を観て相手の心情をおもんばかりながらどう伝えるか。

 

 後になってそんなつもりで言ったのではないと釈明しても、受けとりかたが間違えればとり返しのつかないことが起る。よかれと思い親身になって言ったことが仇になる。それは相互の信頼関係の度合いにもよるし、同じ言葉でも誰が言ったかによっても異なる。

 

 こんな話がある。

 

 「バラモンがお釈迦さまに汚くののしりましたが、お釈迦さまは顔色ひとつ変えず黙って聞いておられました。やがてバラモンに言いたい放題の悪口雑言を終らせてから、お釈迦さまはこうおっしゃいました。『あなたが他人に何かを差し上げようとしましょう。そのときその人が不要と考えそれをいただいてくれなかったとしたらその物は誰のものになりますか』と尋ねられました。するとバラモンは『それは当たり前のこと、これはもともと俺の物さ、そのまま持って帰るわい』と答えました。するとお釈迦さまは『いまあなたは私をののしりましたが、私はそれを受け取りませんので、そのままそっくりあなたに返します。ということは、あなたはあなたご自身をののしったことになりますね』と諭すように話されました。」

 

 他人に発した言葉はこだまのように自分に返ってくる。どうせ使うなら他人にも自分にもいい言葉を使おう。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.267

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 少子高齢化社会にあってシニアマーケットは着実にその存在を増し消費も堅調だ。富裕層といわれる大部分はこのシニアが占める。この層は商品、サービス、接客に関する思いや、長年の経験による人や物に対する目利き力は若い人と比べて格段に高い。一時の流行を追わず、無駄遣いをせず、自分にとってほんとうに必要なものには金を惜しまない賢明で堅実な消費者だ。

 

 この人々のほとんどは物質面ではさして不自由もなく、大抵の物はもつが、精神面ではこだわりや充実感を重視する。とりわけ健康に関しては極めて強い関心とそれをとり入れる貪欲さを持ち合わせている。

 

 いまこのシニア層は健康寿命も伸び予備軍を含め増加の一途を辿るところで当社のお客様の大半はシニア層だ。この格別なご愛顧とご支援のおかげで成り立っているといっても過言ではない大切な大切なお客様だ。極めてロイヤリティーが高く、心と心のつながりや心配りをもっとも大事にする。

 

 それだけにその信頼と期待には心して応えていかなければならない、そして同時にこのお客様を多く有することが外からはどれほど垂涎の的として恵まれているかを改めて有り難く思う。したがってこの大財産である顧客基盤を継続して固定客にもつ強みをいかに活かしお役に立てるかが成長戦略において不可欠となる。

 

 顧客起点によるマーケティング、商品、営業開発を推し進めてさらに深耕して末長くご愛顧とご支援を頂けるようにしなければならない。デジタル社会にあっては便利さや安直さと引き換えに無機質さや無気味さが常に伴うが、それ故に近頃はますますアナログのもつ確かさ、良さ、安定感が求められている。

 

 デジタルはふれあいや情愛においては永遠にアナログにはかなわない。AIがどんなに進化発展しようとも人間の心の働きやその機微には到底追いつかない。

 

 ドラッカーは「経営の最高のノウハウは顧客とのリレーションづくり」と説く。このリレーションの最たるものはふれあいにある。お互いに顔が見える安心感、心が通い合う親密感によってよき人間関係が築かれるのだと。

 

 これからはお客様が来るのを待つ集客よりも、こちらから能動的にお客様のもとに訪れる訪販の優位性はますます高くなる。また必要な時必要な分だけ利用できる車、衣服、機械等々のシェアやレンタルのように所有から利用活用の時代に様々なものが移行している。翻ってこのことを配置業は三百五十年前より先用後利の理念のもとに全国津々浦々、今日まで継承し信頼とご愛顧を頂いてきたのだ。

 

 改めて配置薬のビジネスの仕組みと草の根の強さ、素晴らしさを痛感する。

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