中京医薬品・会長のブログ

山田正行
※旧・社長のブログ
思うままに No.285

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 前向きな人は異口同音に「もっと成長したい」「いい仕事をしたい」「いい人生にしたい」「もっと信頼を得たい」「存在感のある人になりたい」等々と口を揃える。これ誠に望ましく大いに結構なことだが、そのようになるには容易なことではない。それ相応の念いと精進が要る。本気になり、本腰を入れてかからないとただの願望に終る。これらを叶えるには何よりも先ず自己啓発を実践し弛まない努力の積み重ねが不可欠だ。

 

 自己成長なくして諸々の願望は成就しない。自己成長を図るには必須の要件がある。挑む道は平坦ではなく険しい道を選ぶことだ。特に若いうちは。これ生半可な者には到底できるものではない。敢えて楽ではなく苦を承知して、できる限り重荷を背負うようにするところに成長の土台となる精進の足腰が鍛えられる。また努力の甲斐なく、たとえ結果が不調に終ろうとも後々には必ずやボディーブローのように効いてくる。

 

 努力の成果は時を越え、形を変えて報われる。横着と諦めが大敵、あの時の頑張りがあったからこそ現在があると実感することになる。いかなる努力も決して無駄・無用にはならないのだ。

 

 目標を設定するときは具体的かつ高いほどいい。その分だけカベは高くなるが、このカベこそ前向きな人たちが望む、またとない成長の肥しとなる。平易よりも困難が人を育てる。困難と思うとストレスになるが鍛錬と思えば救いになる。

 

 さて企業の使命は社会から必要とされ、信頼され、期待されることにある。同様に企業内の個にも求められる。また業績は社会への貢献活動による評価の結果を表わす。世のため、人のため、そしてひいては自分のために役立つべく実践が企業の存在と存続に直結する。これを創っていくのは総て前向きな人たちだ。個の成長が組織の活力を生み業績に連動する。

 

 そもそも企業と顧客は対等だ。どちらが上でも下でもない。作ってよかった、売ってよかった、買ってよかったと互いに喜びを分つ関係だ。企業は理念と活動に使命感と誇りをもち、一方顧客は吟味、要望することによってより高い満足を求める。

 

 企業にとっては顧客の声に耳を傾け、よりサービスや商品の品質向上を図っていく上では顧客とは互恵関係にあり大切なパートナーだ。このことは、企業は矜持、自負を引き換えに供給者としての良心と責任をもつことを意味する。広く社会からの信頼をもとに企業価値と生活価値の向上を目指していくことが、そして同時に人財となるべく個々の成長が自ずと社会貢献につながる。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.284

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 「やらされる」と「やる」とでは天と地ほどの差がある。人間力の優劣を分ける。また人生の善し悪しを大きく左右する。やらされるというのは第一に精神衛生上よくない。いやいやしぶしぶだから細胞も萎えて健康上にも悪い。何事につけても一事が万事受身で指示待ち。自らすすんでやることがない。依存心が強く言わば怠け者特有の性情ということか。

 

 誰一人として豊かな人生を望まない人はいないのに、こういう人は分ってか分らずか徒らに人生をしぼませている。自分のみならず周りをも貧しくする。もったいないことだ。

 

 一方やる人というのは元気はつらつさわやかで気持がいい。つねに目的目標が明確だ。立てた計画にそって能動的に実行に移す。成果を出すには他の人たちと協力し合うことの大切さをとくと承知しているから、周りへの配慮にはことのほか意を注ぐ。だから人望も信頼も厚い。

 

 さてやる気を起すには何よりも本気にならなければならない。それには事訳をよく得心することでその気になれる。また自分はああなりたいと切に願望をもつことから生れる。

 

 一方「まだ他がある」「そのうち誰かがやってくれるだろう」というような、場当り的や気休め、あなたまかせになると人はとても本気にはなれないものだ。本気になるキーワードは、道理、実利、危機の三つだ。「なるほどそういうことか」「これは役に立つ、為になる」「このままでは危ない」というように。

 

 こんな話がある。

 

 昔昔、ある村で日照りが長く続いて田畑の作物がいよいよ心配になってきた。このままでは全滅だ。何とかしなければと村人たちは皆で相談し鎮守の杜で雨乞いの儀式を行うことに決める。村中の老若男女全員集合で天に向ってお祈りをするのだ。ところが雨乞いをするというのに誰一人、雨合羽を持参していない。本音はどうせ雨など降るものかとはなから諦めているのだ。ただ不参加になると村八分が恐いからしかたなく集っているのだ。そんな時、杜の片隅で今か今かと雨が降るのを信じたただ一人、合羽を被って真顔で空を仰ぎながら、じっと待つ子供がいる。この子は本気になってやってきたのだ。大人たちの格好を見て「どうして皆は合羽をもってきていないのかなぁ」とぼそっと独り呟く。冷めた目で見ながら。

 

 ところでお馴染みのTVCMソングに、<この木なんの木気になる木、見たこともない木ですから、見たこともない・・・>がある。木は木でももっと多くを見たいのが本気の気だ。この気は勇気と根気をつくる。この立派な大木のように、本気こそが人生を伸び伸びと繁らせ、豊かにしてくれる。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.283

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 自信というものは微妙なもので、ちょっとしたことで持てたかと思うと、またちょっとしたことで失くす。これをくり返しながら徐々に自信は固まり強くなっていく。自信をもつことは成功の扉を開く秘訣を得たのも同然だ。人はいったんこれをもち始めると思いもよらない力を発揮する。ひとつの自信がまたひとつの自信を生み、連鎖、蓄積されていく。

 

 そうしてより高みに向って挑戦心が湧いてきて、面白いように人は実力をつけ、さらに伸びていく。こういう人たちはどこの世界も同じで自己に忠実でなすべきことを愚直にやり続ける人たちだ。自信が高じて信念となり諦めや言い訳がいかに無益で大敵になることをよく分っている人たちだ。

 

 ただ自信は凄い力をもつが、その反面、過信、慢心の落し穴には常に留意をしておかなければならない。その主因は周りへの配慮や感謝の念が欠如するときに起こる。

 

 さて自信とは読んで字の如く、自分を信じると書く。先ず誰よりも先に自分を信じることから自信は生れる。自分を信じるとはどういうことか。それは自分がいま懸命にする努力が、先々必ず成果につながるものと信じて疑わないことを言う。

 

 世の中のことすべて信頼で成り立つ。これを築くには誠実と時間を要する。そこでだ。人様から信頼を得たいと思う前に、せめて自分が自分にした約束を果して、内なる自分の信頼を得るよう努めることだ。それがひいては周りからの信頼を厚くする。自分が自分を信じないで、誰が自分を信じてくれるというのか。やるべきことはすべてやった。もうこれ以上やれることはないと、この一生懸命が自信を生み人の心を打つ。

 

 自信をつくるべく努力を促し駆り立てるものが志や勇気、希望だ。これらの言葉は因果で繋がり自信へと一直線に連なる。自信の連鎖は自ずと確信へと変わっていく。

 

 ところで何をやってもうまくいかない気の毒な人がいる。この人たちに共通するのは、やる前から自分には到底できないものと決めつけ諦める人たちだ。肝心の努力や準備を疎かにする。これって虫がよすぎはしないか。自分に甘いからといって人や世の中を甘くみてはいけない。

 

 かなりレベルが高いが<駿足長阪を思う>という言葉がある。良い馬は長い坂道があればよいと思う。平易よりも困難を望む。その方が必ず自分の為になると考え、臆せず、それに向って懸命の努力が確たる自信につながることを確信しているからだ。

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