中京医薬品・会長のブログ

山田正行
※旧・社長のブログ
思うままに No.288

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 約束破りの常習者は有り難くないウソつき呼ばわりのレッテルを貼られる。仏の顔も三度、しまいには誰からも相手にされなくなる。だから世の親御さんは子供にはそうなって欲しくはないと物心がつく幼少の頃、約束を守ることの大切さを躾ける。<指切りげんまんウソついたら針千本呑ます>のように友達との遊びの中で他愛のない約束を交わせながら社会性やルールの大切さを身に付ける。

 

 さて人は軽々に約束をするが、それを実行するか否かは人間関係を良好にする上では極めて大切な要因になる。反故すれば不信を招きいつかは思いもよらないしっぺ返しを受ける。不履行によって失う信頼を回復するには、その代償として約束を果すのに要する数倍のエネルギーと時間を費やすことになる。不履行は割が合わないのだ。約束の本質は道義にある。お互いに誓い、守ることを信じ合いその証として実行力で示す。人間関係をよりよく円滑に進めるためには約束は大きな意味をもつ。

 

 すべての約束事は実行なくして成り立たない。だから時々思う。誰とも約束事なしで日々を送れたらどんなに気が楽なことかと。果そうが果さまいが、責任は問われることはないし非難も批判も受けなくて済む。ところが世捨て人ならともかく、現実の社会はそうはいかない。人間社会はすべて約束事で成り立っているからだ。子供から大人まで私たちは日々何かにつけて一つや二つの約束事をして過ごす。暗黙の約束を含めて果していくことにより大事な大事な信頼と信用が築かれていく。

 

 また人を計るとき、約束はもっとも有効な物差しになる。その人の程度が如実に現われてこれほど分り易いものはない。この人はつき合っていい人なのか否かは、たとえ口約束でもいいから試しに交わしてみるといい。答えは直ぐ出る。

 

 そこで約束を守るにはどうすればいいのか。要は軽々に約束をしないことだ。安請け合いはどうにも危かしい。果せなかったら相手に迷惑が及ぶ。信頼も失う。それでも約束事を避けては通れないのが日常だ。その上で自分の意にそぐわない点があればノーではなく今度はこちらから相手に納得をしてもらえるべく代替案とその根拠を示すことだ。

 

 合意を得、いったん約束を交わしたら何があろうが死守しなければならない。言い訳は無用、見苦しい。果せなければ信頼、信用はもとより自分の立つ瀬を失くし、自尊心をも失う。約束のもつ恐さと重さがここにある。約束の別名は言行一致だ。言うことと為すことが違えれば度重なれば人は離れていく。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.287

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 「話せば分る」と万能のように物事は解決できるとよく言われるところだが、実際には言うほど事は上手くは運ばない。必ずしも数を重ねればいいとも言えない。却ってこじれて泥沼化することもある。もっとも相手によりけりだが。

 

 国際間の紛争などで文化、歴史、宗教の異なる人たちとの話し合いはなおさらのことだ。これが万能ならば争い事は世の中から消える。いかに口を酸っぱく説いても、意を尽したつもりでも、馬耳東風、糠に釘で埒があかない。話す人の人柄や見識、相手からの信頼や常日頃のおつき合いやコミュニケーションの度合いによっても大きく左右される。

 

 それではどうしたらいいのか、「放っておく」ことだ。これお手上げでも諦めることでもない。時の効用を活かして機をうかがう。焦らず、急がず、性急にならないことだ。せいては事をし損じると言うではないか。間をおき風を入れる。いったん頭を空っぽにしてみる。時は移ろい、そのうちに状況が変わり、自分も相手も要らざる邪念も失せて、心境に変化が起きる。

 

 そうすることによって面白いものでこれまでいだいていた思い込みや溜まっていた執着の膿が出てスッキリする。相手のことよりも何よりも自分にとりつく雑念の断捨離は整理整頓ができて身も心も軽やかになる。新たにリセットができる。

 

 さて<人を見て法を説け>で十人十色、百人百様で人は一様ではない。それには人間観察力を養うことが大事だ。相手の性格や立場、生い立ちや育った環境、それらをよく勘案することだ。いかに双方をつなぎ信頼関係を紡いでいくかだ。言うこととやることが違ってはいけない。

 

 いったん約束したことは何があろうが死守する。そうしないと相手よりも先に自分を損うことを知るべし。不履行ほど人間関係を壊すものはない。社会はありとあらゆるところで無数の約束を果すことで成り立っている。

 

 話(わ)は和(わ)に通ずる。対話は無意識のうちに理解をしてもらえるよう相手の心を和ませようとする意図が働いている。話し上手より聞き上手、聞く力が大事だ。能弁か否かはさして問題ではない。言うを少なく、聞くを多くする。そのために神様は、口は一つ、耳は二つにして人間を創造した。また「話せば分る」より「示せば分る」のほうがよく伝わる。論より証拠、理屈を説くより行動で示す。これに優る説得力はない。

 

 <やって見せて・・・>のお手本になる率先垂範の力は相手もすんなりと得心する。人に頼る前に自分に頼る。自分次第で誰にも容易にできるのが率先垂範だ。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.286

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 毎日毎日どこかで憎むべく事件が起きる。次から次へと後が絶えない。一日たりとも平穏無事な日はない。これ他人事ではなくいつ自分の身のまわりに起きても不思議はない。

 

 そんな中、以前から思っていることでどうにも腑に落ちないことがある。事件が起きるたびになんだかんだと言っては人や社会のせいにし、それに同調するかのような風潮が危ない。その言い様はさもそれを犯す止むを得ない事情があったから仕方がないのだと擁護するかのような偏った声が気になる。

 

 他人事だから言えるのであって、自分が被害者であったならばどうであろうか。加害者の生い立ちや背景、環境に何らかの原因があるのは承知するところだが、あくまでも主因は起した本人だ。犯した者の自己責任をどう始末をつけるのか。そもそも社会のせいにする本人もどうであれ社会の一員ではないのか。

 

 もっともらしい理屈をつけて犯罪者は気の毒な社会の犠牲者だと庇うかのようにとれる言動は悲嘆の涙にくれる被害者に対して配慮を欠くものだ。加えてその心情を深く傷つけるものだ。

 

 犯罪者は法の裁きを受けるが、自己反省せず相も変らず人や社会のせいにする性根が治らない限り、全うな人になるのは極めて難しい。出所すれば性懲りもなくまた再犯をくり返す者が少なくないと聞く。現実には自立更生の道は険しい。そのためには受刑者に対する教育方針や実施のプログラムとその検証是正を図ることが求められる。また出所後の支援も必要だ。

 

 さて昨今の凶悪なあおり運転、いじめ問題、痛ましい児童への虐待事件等々、起きるたびに政治の対応があまりにも鈍くて遅すぎる。いま法の整備や行政の連携と機動的な仕組づくりが急務だ。是正改正が遅れるほど被害者の数は増え続ける。

 

 また日本の法律は人権に関して加害者には甘く、被害者には辛い。おしなべて刑期も短い、量刑も軽い。いちがいに刑を重くすれば事件が減るとは思わないが、少しでも抑止力にはなるのではないか。考えられる、ありとあらゆる手を打つに越したことはない。

 

 古代エジプトのハンムラビ法典の<目には目を、歯には歯を>は犯罪者には被害者と同等の刑を科すという。自己責任の原則から言えば、実に単純明快で分り易く、理にも適っているように思えてくる。

 

 法の裁きは加害者の人権をうんぬんする前に、苦痛に喘ぐ被害者の人権と生命の尊厳をどう考えるのか。その度に被害者や家族の何ともやり切れない、無念の呻き声が聞えてくる。

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