思うままに No.249

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 このほど当社にとってこの上ない誇らしい出来事があった。ニセ電話詐欺被害を未然に防止したとして、岩倉営業所の鈴村君が警察署より感謝状をいただいたことだ。

 

 お客様(女性76歳)宅へいつものように訪問したところ「株をやったの?2百万円が必要なの?」と電話で誰かと話をしている場面に出くわした。娘から「友人と株を買って、会社の金で損失を出してしまい、金が必要になったと言われた」との説明を受けたため、そこに居合わせた鈴村君がとっさにニセ電話詐欺と疑い直ぐに110番をした。駆けつけた警察官がお客様の実の娘に電話で事実確認をしたところ詐欺と分かり、すんでのところで被害を免れた。

 

 こんな嬉しいことはない。改めて鈴村君には敬意と感謝を表したい。これこそ当社が目指す人づくりの証しだ。ご高齢のお客様のことを日頃より常に気をかけ、親身になって接しているからこそこの素早い気転で災難から救えた。これまさに私たちの標榜する<ふれあい業>の成せる業だ。

 

 私たちは単なる物売りではない。お客様に密着して、心を通い合わせ少しでも健康づくり幸福づくりのお手伝いをさせていただく誇り高い仕事だ。これもまた<トータル・ライフケアー>推進の一環といえる。とにもかくにも普段よりお客様にどんなことでもいい、自分のできることで何かのお役に立つことはないかと、念頭におくことが大事だ。

 

 配置業は薬を置く前に心を置く業だ。心を配って信頼・信用を得てこそ成り立つ業だ。胸をはれる誇らしい人間業とも言える。かつてその昔、私たちの先人は西に東に廻商地が災害冷害にあえば米・塩を背負って一軒一軒被災地のお客様のもとへ救援に馳せ参じた。お客様は自分の家族と思い<先用後利>の実践をしてお客様と共に悲しみや喜びを分ち合った。

 

 また数々の縁結びのお世話をし、お客様から頼まれれば仲人の大役も引き受けをした。これもまたお客様との固い信頼関係ができているからこそできることだ。昔から幾多の先人たちが培ってくれた信頼・信用の所産があったればこそで、いまの配置薬業を支えてくれているものと改めて痛感する。商いの道は人の道、世のため人のために日々精進することにある。人を助けてこそ自分も助かる。

 

 商品を売るというのは、その行為の前に心を買っていただくようにしなければならない。商いの量は心配りの量に正比例する。ただし、心配りには自ずと質が問われる。その本質は利他の心に由来する。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.248

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 日本語のなかでもっとも美しい、愛すべき言葉のひとつに<ありがとう>がある。その語感といい、語意といいその響きとその訳が心を和ませる。乳幼児には最初に教え覚えさせる大切な言葉のひとつだ。

 

 日々私たちは<ありがとう>の言葉を頻繁に使う。言う、言われるその回数を数えてみると相当な数になるに違いない。小生などはどう考えてみても言われるよりも言うほうが圧倒的に多い。いかに多くの方々から陰に陽に支え助けてもらっていることか。そう思うと改めてほんとうに有り難い幸せなことだなあとふつふつと感謝の念が湧いてくる。この先も言われるよりも言うことのほうが益々増えることであろう。

 

 このことは言い換えれば、お礼を言う分だけ多くの方々から様々な借りを頂いていることになる。そして同時に当然のことながら借りたらいつかはきちんと返さなければならない。その分の利息も加えて。

 

 いつのときもありがとうと言われるのはご褒美をもらうようなもので嬉しいものだ。これがやりがいや生きがいにつながり、人の役に立つ喜びや幸福感を生んでくれる。またお礼の言葉はご馳走に預かるようなものでその味を知ると次から次へと食べたくなる。やはりお礼は言うより言われるほうがずっと気分がいいものだ。

 

 さて、感謝なくして幸福なしで不遜にもやってもらって当り前のさもしい根性では幸せにはなれない。して下さる相手のことを慮ればそのご厚意ご親切に対して心から有り難い気持になると同時に、それに対して少しでも報いなければという思いと行動は人の道として当然のことだ。

 

 <ありがとう>は魔法の言霊だ。雨の日だろうが風の日だろうが、また苦しいときも辛いときも逃げていては何ともならない。それよりも取り敢えず、これもいい経験だと考え、あるがまま素直に受け入れて、心の中でありがとうと一言つぶやいてみると不思議とゆとりができて心が晴れ安らぐ。

 

 病いにあっても身体のほうは不調だから有り難くはないが、そのまま受容して治療に専念するしかない。しかし精神のほうは有り難いことに病んではいないのだからと割り切ってみることも知恵だ。<病いは気から>と言うではないか。

 

 昔、川渡しの船頭の悪ふざけで舟から突き落されるやいなや、また船頭に助けられ命びろいをする良寛和尚に学びたい。ひどい仕打ちにあいながらもその船頭にありがとうとお礼を言ってのけるこの究極のバカ利口に驚嘆する。

 

 そこで思うところだが、国民の祝祭日に心のゆとりとうるおいをもたらす感謝の言葉とその精神を祝し「ありがとうの日」を制定したらどうか。他国には例のないものだ。この言葉のもつ知恵と力がいまや世界語になったおもてなしの言葉のように世界に発信され隅々まで伝播して行けば、様々な争いを少しでも減らすことに貢献できるのではないか。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
思うままに No.247

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 <腹がすわる>という言葉がある。いかなる窮地にあろうが心乱さず平然として構える心の姿勢を言う。日頃より最悪を考え覚悟の備えをしているから何があっても心がぶれない。<腹がすわる>というのは<腹をくくる>からこそできる業だ。心の土台がしっかりとすることにより困難な状況や悪口雑言にも動じず、いちいち腹をたてることもなくなる。すわる腹は難局に対処できるが、たてる腹は事態を悪化させる。

 

 たとえ耳に痛い言葉でも当を得ていると思えば有り難く受容すればいい。的はずれなら抗弁するのもいいし、心の中でバカな奴と一笑に付してもいい。人はいろいろなことを言うものだが、親身になって言って下さる人もいれば後は知らぬ存ぜぬの無責任な人もいる。甘言をうのみにせず、つまらぬ言に振り回されないよう、よくよく人を見なければならない。

 

 それを計る適確な物差しは言葉でなく行動の目盛りに照準を合わせることだ。その人のこれまでしてきた過去の行状をよく知ることで判断の精度が増す。何よりも危険なことは他人のことよりも自分自身の浅い、甘い、軽い判断だ。そして人の我欲や弱味につけこむ利益誘導を図るまことしやかな虚言空言だ。

 

 <群盲像を撫ず>で情報の一部だけをとらえて全部が分かったような錯覚誤認は避けなければならない。早合点は間違いのもとだ。その為にはいろいろな観点からみることだ。心開いていろいろな人の話に心の耳を傾けることだ。3Dプリンターのようにその人の全容が明らかになる。

 

 聴く耳をもつには先ずわざわざ助言して下さる人に有難いという感謝の気持をもつことだ。その上で率直さと器量がいる。正しい情報を得るには常日頃の信用と人脈がいる。そして目利きができるようになるには経験と知識がいる。いずれもそれらに足り得るには自分のことをよく見ながら磨き高め続けることしかない。そうしてこそ自分に相応しい人たちが周りに集まる。類は友をよぶように。また見間違いもおこすがそのことを悔やむより、それがいまの自分の実力だと思うことだ。その上で精進に励むことだ。

 

 世の常で、いい時はどこからともなく餌に群がる蟻のように人は寄ってくるが、いったん悪くなると手のひらを返しさっと潮が引くように去る。不遇をかこつときに寄ってくれる人こそほんとうに信頼のできる大切な人だ。こういう人もまた腹のすわった人たちだ。

 

 人より天を相手にした坂本竜馬のうたに「世のなかの人は何とも言わば言え、わがなすことは我のみ知る」がある。目先に走らず、風評にも動ぜず、天に恥じないよう信念に従って処世することがいかに大事なことか。

カテゴリー:エッセー「思うままに」
アクセスカウンター
アクセスカウンター
プロフィール
カテゴリー
カレンダー
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< September 2016 >>
最新記事
QRコード(モバイル)
qrcode
リンク
ARCHIVES