思うままに No.263

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 まさに天・地・人に恵まれ、支えられ助けられた。5年に一度の第八回はんだ山車まつりは「美」をテーマに10月7日、8日の両日にわたって開催された。

 

 初日は天候が心配されたが、皆さんの念いが天を動かした。うそのように昨夜来の雨もすっかり上がり絶好の祭り日和となった。全国各地より海外からも大勢のお客様の来場を頂いた。おおよそ市の人口の5倍の人数だ。思い返せば昭和54年の初回の来場者8万人から回を重ねるごとに増え、今回は55万人を数える全国有数の祭りとなった。街の人曰く55万人の人ひとの重みでまちの地面が沈んだと。

 

 この行事を挙行するに約2年の準備を費やした。半田青年会議所・市商工会議所を中心にあらゆる行政機関、企業そして全市民の協力があってこそ。とりわけ市内全10地区の祭り関係者のご苦労とご尽力がなければ到底できるものではない。この度栄誉ある実行委員会会長を仰せつかり、小生にとっては一生忘れられない貴重な勉強と経験をさせてもらった。何よりも一番心配したことは事故事件のないよう安全安心に挙行できるかどうかにあったが、大過なく無事に終えることができ深く感謝に堪えない。

 

 この祭りは昭和54年に始まった。果敢な挑戦心をもって半田青年会議所の青年たちが幾多の難関を乗り越えて実現をみた。当時の半田市は政争から市長選挙のたびにまちを二分するほどの激しいものとなりその後遺症がいつまでも尾を引き市民の心は荒んでいた。これは何とかしなければと半田青年会議所は立ち上がった。市内全10地区31輌の山車の集結はとりもなおさず半田市民の心を結集することである。まさに地区自慢の31輌の山車の勢揃いは市民の心を一つにする連帯と協調の証であり象徴だ。

 

 招待された県下の市長さんたちも異口同音に半田の市民力と絆の強さに感嘆されていたと聞く。来場のお客様には歴史と伝統を紡ぐ、勇壮にして絢爛豪華な山車絵巻、颯爽たる祭りの人の心意気、半田の美しき心を心ゆくまで堪能して頂いたものと思っている。ご老人曰く「生きていてよかった、生きる糧をもらった」、「こんな凄い祭りは見たこともない、感動感激した」、「市民の皆さんのおもてなしが嬉しい」、「この祭りを末長く続けて欲しい」、「次回は家族友人を連れてきたい」等々有り難い多くの喜びの声を耳にした。

 

 それにしても祭り人の皆さんには言うに及ばず、実行委員会のスタッフの皆さんにも脱帽の一言。使命感、責任感、忍耐力、実行力、団結力・・・加えて2千人余の熱いボランティアの方には心より敬意と感謝の意を表したい。この誇り高い祭りに未来への思いを馳せるとき、さらに進化発展を目指して精進し切磋琢磨していくことに限りない希望と期待を寄せるところだ。

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思うままに No.262

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 潤いのある人生にしていくには様々な人との良好な人間関係づくりが大事だ。日々あまたの人といかに上手くつき合いをしていくかはとりもなおさず虚心にして自分が自分にどう向き合っていくかだ。

 

 人は十人十色いろいろな人がいる。一方自分の内にもいろいろな自分がいる。それらのいろいろといかに調和させていくかだ。人は所詮自分とは異なるものだ。それぞれの性格、考え方、立場、生い立ちもいろいろだ。先ずお互いにその個性、多様性があることを理解し認め合うことが賢明だ。その上で間柄の深浅により矩をこえないよう間合いを計って合わせていくことだ。出すぎず控えすぎず、つかず離れず。

 

 人は自分を映し出す鏡だ。怒れば怒るし、笑えば笑う。傷つけたりおとしめたり、嫌がらせすれば必ず自分に返ってくる。人に好意をもったり親切にしたり支えたりすれば望もうと望まないとに拘らずまたいつかは自分に返ってくる。自ずと人のあり様は自分のあり様に倣う。

 

 人に好かれたい、愛されたいと思うなら、先に自分のほうから能動的に動くことだ。人に信頼を得たいと思うなら、その前に自分はそれに足り得る言動をしているかどうか顧みることだ。実のところこれらは人の為にしているのではなく、とどのつまりは自分の為にしていることを知るべし。

 

 悪口、陰口、告げ口は努めて慎んだほうがいい。もしするなら当人が側に居合わすつもりで話したらいい。これらはいずれにしても言うほうも聞くほうも気分のいいものではないし、口に戸はたてられない。直ぐさま周りに伝播していく。そんなつもりで言った訳ではないといっても覆水盆に返らずで取り返しがつかず、尾びれまでついて増幅する。敵をつくっても決して自分の味方にはなってくれない。

 

 また人様から受けた恩はきちっと返さなければならない。そのときおまけという付加価値をつけて報いることができれば幸せなことだ。報恩を怠ると、有り難い感謝の念を干からびさせて人生そのものを萎えさせてしまう。

 

 一方で恩きせがましい振舞いはさもしいことだ。せっかくの善意が悪意にとられかねない。そうなるとどちらにも何のプラスにもならないし、後味の悪さだけが残り虚しいものだ。要は人はみな自分が一番かわいいのだ。自分がかわいかったらなおさらのこと人にもそうすることだ。誰しも自分がして欲しくないことは人もそうして欲しくないと思っているのだ。

 

 接客サービスのもとはここにある。また同じサービスをするにしても、言われてからするのとその前にするのとではその価値に雲泥の差がある。よき人間関係は適宜距離をはかり、心配りして相手を自分に置き換えてみることから始まる。

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思うままに No.261

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 霊長類最強女子吉田沙保里さんを支えるお三方のお話を聴く機会を得た。お三方とは母親の幸代さん、寮母の前田寿美枝さん、至学館の加藤道子さん。つくづく思った。この方たちこそ世界最強のサポーターだと。

 

 沙保里さんの強さの秘密は本人の並外れた精進は言うまでもないことだが陰で支えるこのお三方、そしていまは亡き父親の栄勝さん、栄監督と奥様の怜那さんの執念と強力な支えがあったからこそと痛感する。

 

 ところで意外にも、沙保里さんの小さい頃の夢はスーパーで格好よく手早くレジ打ちをする仕事だったそうだ。全日本のレスリングの代表選手であった父栄勝さんの指導の下、練習する二人の兄たちの見よう見まねからレスリングへの歩みが始まる。父と言うより指導者として栄勝さんは男も女も分けへだてなく、容赦もせず沙保里さんに日々過酷な練習を課した。

 

 教育方針は「強い子は誰が教えても強くなる。指導者は弱い子を教えられてこそなんぼのものだ」、「なるようにしかならないものを何とかしよう」、「相手を恐れて攻めないことよりも攻めずして負けることは許さない」、「試合で勝っても、メダルを獲っても決して天狗になるな。もし自分がメダルを獲れなくて、相手にそんなふうに見せびらかされたらどう思うか」、「金メダルはスーパーでは売っていない。頑張った人しかもらえないんだ」とレスリングの道と技を骨の髄まで徹底的に叩き込まれた。

 

 持ち前の素直さと明るい性格に加え、鬼のような父とその陰で献身的に支える母、厳しさと優しさとに揉まれ錬磨されながら強い精神力が養われていく。

 

 また心が折れそうになったとき、負けたときの母の一言ひと言が沙保里さんには大きな励みとなる。「負けることから学び、負けることで強くなる。負けは試練ではなく神さまからのプレゼントなのよ」、「負けを知っていればこそ勝ちの喜びも大きくなるのよ」、「負けたときも勝ったときもその先が大事なのよ」と。その時々の母の叱咤激励が彼女にとってどんなに心強い救いと支えになったことだろうか。

 

 失礼を顧みず言うならば、お三方はどこにでもいる一見ごく普通の方に見えるが実のところは、各人が自分の果す役割を愚直なまでにやり続けるところが普通ならぬ非凡さを感じざるを得ない。

 

 試合中の応援スタンドの席で幸代さんはどんな声援を送っているのか、「集中力」「気を抜くな」の言葉だそうだ。何事もそうであるが、やる人、それを支える人の深い思いと強い連携があってこそ事は成し得る。

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