思うままに No.248

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 日本語のなかでもっとも美しい、愛すべき言葉のひとつに<ありがとう>がある。その語感といい、語意といいその響きとその訳が心を和ませる。乳幼児には最初に教え覚えさせる大切な言葉のひとつだ。

 

 日々私たちは<ありがとう>の言葉を頻繁に使う。言う、言われるその回数を数えてみると相当な数になるに違いない。小生などはどう考えてみても言われるよりも言うほうが圧倒的に多い。いかに多くの方々から陰に陽に支え助けてもらっていることか。そう思うと改めてほんとうに有り難い幸せなことだなあとふつふつと感謝の念が湧いてくる。この先も言われるよりも言うことのほうが益々増えることであろう。

 

 このことは言い換えれば、お礼を言う分だけ多くの方々から様々な借りを頂いていることになる。そして同時に当然のことながら借りたらいつかはきちんと返さなければならない。その分の利息も加えて。

 

 いつのときもありがとうと言われるのはご褒美をもらうようなもので嬉しいものだ。これがやりがいや生きがいにつながり、人の役に立つ喜びや幸福感を生んでくれる。またお礼の言葉はご馳走に預かるようなものでその味を知ると次から次へと食べたくなる。やはりお礼は言うより言われるほうがずっと気分がいいものだ。

 

 さて、感謝なくして幸福なしで不遜にもやってもらって当り前のさもしい根性では幸せにはなれない。して下さる相手のことを慮ればそのご厚意ご親切に対して心から有り難い気持になると同時に、それに対して少しでも報いなければという思いと行動は人の道として当然のことだ。

 

 <ありがとう>は魔法の言霊だ。雨の日だろうが風の日だろうが、また苦しいときも辛いときも逃げていては何ともならない。それよりも取り敢えず、これもいい経験だと考え、あるがまま素直に受け入れて、心の中でありがとうと一言つぶやいてみると不思議とゆとりができて心が晴れ安らぐ。

 

 病いにあっても身体のほうは不調だから有り難くはないが、そのまま受容して治療に専念するしかない。しかし精神のほうは有り難いことに病んではいないのだからと割り切ってみることも知恵だ。<病いは気から>と言うではないか。

 

 昔、川渡しの船頭の悪ふざけで舟から突き落されるやいなや、また船頭に助けられ命びろいをする良寛和尚に学びたい。ひどい仕打ちにあいながらもその船頭にありがとうとお礼を言ってのけるこの究極のバカ利口に驚嘆する。

 

 そこで思うところだが、国民の祝祭日に心のゆとりとうるおいをもたらす感謝の言葉とその精神を祝し「ありがとうの日」を制定したらどうか。他国には例のないものだ。この言葉のもつ知恵と力がいまや世界語になったおもてなしの言葉のように世界に発信され隅々まで伝播して行けば、様々な争いを少しでも減らすことに貢献できるのではないか。

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思うままに No.247

   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜

 

 <腹がすわる>という言葉がある。いかなる窮地にあろうが心乱さず平然として構える心の姿勢を言う。日頃より最悪を考え覚悟の備えをしているから何があっても心がぶれない。<腹がすわる>というのは<腹をくくる>からこそできる業だ。心の土台がしっかりとすることにより困難な状況や悪口雑言にも動じず、いちいち腹をたてることもなくなる。すわる腹は難局に対処できるが、たてる腹は事態を悪化させる。

 

 たとえ耳に痛い言葉でも当を得ていると思えば有り難く受容すればいい。的はずれなら抗弁するのもいいし、心の中でバカな奴と一笑に付してもいい。人はいろいろなことを言うものだが、親身になって言って下さる人もいれば後は知らぬ存ぜぬの無責任な人もいる。甘言をうのみにせず、つまらぬ言に振り回されないよう、よくよく人を見なければならない。

 

 それを計る適確な物差しは言葉でなく行動の目盛りに照準を合わせることだ。その人のこれまでしてきた過去の行状をよく知ることで判断の精度が増す。何よりも危険なことは他人のことよりも自分自身の浅い、甘い、軽い判断だ。そして人の我欲や弱味につけこむ利益誘導を図るまことしやかな虚言空言だ。

 

 <群盲像を撫ず>で情報の一部だけをとらえて全部が分かったような錯覚誤認は避けなければならない。早合点は間違いのもとだ。その為にはいろいろな観点からみることだ。心開いていろいろな人の話に心の耳を傾けることだ。3Dプリンターのようにその人の全容が明らかになる。

 

 聴く耳をもつには先ずわざわざ助言して下さる人に有難いという感謝の気持をもつことだ。その上で率直さと器量がいる。正しい情報を得るには常日頃の信用と人脈がいる。そして目利きができるようになるには経験と知識がいる。いずれもそれらに足り得るには自分のことをよく見ながら磨き高め続けることしかない。そうしてこそ自分に相応しい人たちが周りに集まる。類は友をよぶように。また見間違いもおこすがそのことを悔やむより、それがいまの自分の実力だと思うことだ。その上で精進に励むことだ。

 

 世の常で、いい時はどこからともなく餌に群がる蟻のように人は寄ってくるが、いったん悪くなると手のひらを返しさっと潮が引くように去る。不遇をかこつときに寄ってくれる人こそほんとうに信頼のできる大切な人だ。こういう人もまた腹のすわった人たちだ。

 

 人より天を相手にした坂本竜馬のうたに「世のなかの人は何とも言わば言え、わがなすことは我のみ知る」がある。目先に走らず、風評にも動ぜず、天に恥じないよう信念に従って処世することがいかに大事なことか。

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思うままに No.246
   

※エッセー「思うままに」より 〜毎月更新〜


 かれこれ三年ほど前になるが長野県は伊那市に本社をおく伊那食品工業のかんてんパパガーデンを訪れた際に、今でも忘れられない思い出がある。広大な敷地に癒しの空間とも言える緑豊かな森林に本社や工場と様々な施設が点在するガーデンは何ともうらやましく素晴らしい。そこで驚いたことがある。このガーデンのなかの小高い丘の一隅に茶店<こもれび>を預かる従業員の北沢なみこさんのことである。

 園内を散策する途中、お茶を一服頂こうと立ち寄った。そのとき他にお客さんがいなかったこともあって、しばしひま人の小生の話し相手につきあって頂いた。居心地よくあれこれと話に花が咲く。小生もかねてより伊那食品工業さんの塚越会長を敬愛する一人だと告げたからであろうか、彼女の客人の気をそらさない接客もあって楽しい一時をもてた。

 お礼を言って席をたとうとしたとき、どういうわけか、彼女から名刺をおもちでしたらいただけないでしょうかと所望されたのだ。一介の通りすがりの観光客に対して普通ではあり得ない。こんな経験は後にも先にもない。

 小さな茶店を預かるいち従業員さんの彼女の考え方、姿勢、所作は社の代表者そのものに見えた。この会社は一体全体どういう会社なのか、企業理念を実践する現場の底力にもの凄さを感じた。

 そしてこの度念願の塚越会長のお話を聴ける絶好の機会を得た。園内で昼食を済ませ、早速気にかかっている彼女のいる茶店へと足を運んだ。あいにく店は定休日であったが、運よくタイミングよく、たまたまそこを通りがかった彼女を見つけた。閉店にもかかわらず気持ちよく迎えて頂き恐縮至極また嬉しい再会となった。

 塚越会長は年輪経営でつとに有名で本やビデオ等でかねてより存じていたが想像していた通りの確固たる人生哲学、経営哲学をお持ちの方でした。秀れた人格識見は聴く人たちを大いに魅了した。

 社是は<いい会社をつくりましょう。たくましくそしてやさしく>。会社の真の目的は会社を構成する人々の「幸」の増進を計りながらさまざまな分野で社会に貢献することであり、会社の成長も利益もその手段である。社員の人間教育こそいい会社づくりの根源であるとの力説。この企業理念には感銘深く全くをもって同感するところだ。

 お話のなかでとりわけ次のコメントが印象深い。「報恩の心が大事だ。恩を仇で返せばその災いは子子孫孫に至る」、「最低でも決して人に迷惑をかけない。そして自分のできることで、少しでも人の役に立て」、「どうすべきかの前にどうあるべきかを考えよ」と。

 今後とも伊那食品工業さんの年輪が如く成長発展を祈念してやまない。

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